工作艦 関東

Repair Ship "Kantou"
("Маньчжурия"[Manchzhuriya])



関東
工作艦「関東」(1916年:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ
排水量:(常)11,000t ボイラー:詳細不明・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 982t
全長:124.97m
全幅:15.11m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:6.10m
出力:1,703hp
武装:
40口径12cm単装砲2基
最大速力:11.0kt
航続距離:不明
乗員定数:161名

同型艦名(1隻)
関東"Kantou"[Kantô]

工作艦 関東について
 日本海軍初の工作艦(艦隊に随伴し艦艇の補修・修理を行う艦。そのため艦内には各種設備などを有し、さながら浮かぶ工廠のような艦である)として艦籍に登録されたものであるが、元は日露戦争の際に日本海軍が捕獲したロシア商船「マンチジューリヤ」(同戦争で捕獲され後に日本海軍通報艦「満州」となった同名の艦があるが別物)である。
 日露戦争開戦直後に捕獲された当艦は、連合艦隊付属の工作艦として日露戦争・第一次大戦に参加した。遠くメキシコ沿岸やヨーロッパまでへも出動してロシア巡洋艦「ノーウィック」(後の日本海軍通報艦「鈴谷」)引き上げや巡洋艦「浅間」引き上げ、第一次大戦終戦直後の戦利ドイツ潜水艦日本回航などに従事した。
 しかし大正13年に台風のため遭難、座礁沈没してしまい、工作艦「明石」が建造されるまでの間、日本海軍には専用の工作艦が無い状態が続いたのである。

工作艦 関東の歴史
「関東」「関東」=旧満州地方の別称である関東州から取った名称
1900年デンマークのバーマイスター&ウェイン社にて露汽船「マンチジューリヤ」として竣工
1904年 2月 9日旅順港にて座礁しているところを日本海軍に捕獲される
       4月 7日「関東丸」と命名され日本海軍籍へ編入
       7月 6日連合艦隊付属となる
1905年大泊港外にてロシア艦「ノーウィック」の引き上げ作業に従事
1906年 3月23日工作船に類別
1915年 5月メキシコ沖にて巡洋艦「浅間」の引き上げ・修理に従事
       8月23日「関東」と改名
1918年第一次大戦の戦利潜水艦をヨーロッパから回航する作業に従事
1920年 4月 1日特務艦(工作艦)に類別
1923年カムチャッカ沖にて座礁した巡洋艦「新高」の解体作業に従事
1924年12月12日福井県下糠浦海岸にて台風のため座礁沈没
1925年 3月 1日除籍。後に解体される


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