砲艦(練習艦) 観光丸

Gun Boat (Training Ship) "Kankoumaru"


観光丸
砲艦「観光丸」(画図詳細不明)
スペックデータ
排水量:353t ボイラー:(詳細不明)石炭専焼 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:65.8m
全幅: 9.1m 主機:(詳細不明)蒸気機関×1基、外輪式推進
吃水:4.2m
出力:150hp
武装:
60ポンド前装砲1基、30ポンド前装砲3基、ほか小口径砲少数
最大速力:不明
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
観光丸"Kankoumaru"[Kankômaru]

砲艦 観光丸について
 オランダ国王から1855年(嘉永6年)に徳川将軍(当時は第13代将軍徳川家定)へ送られた艦で、幕府は長崎海軍伝習所の練習艦として使用した。その後、1859年(安政6年)に築地の軍艦操練所に訓練を一本化するため、長崎海軍伝習所が閉鎖されると、当艦は佐賀藩へ貸与され佐賀の三重津海軍所(佐賀藩の軍艦修理・建造施設。船員養成機関を兼ねていた)にて運用されている。
 大政奉還により幕府から明治政府へ上納されたが、新政府海軍での現役期間は短かった。

砲艦 観光丸の歴史
「観光丸」「観光」=易経にある『観国之光(国の光を観る)』から取った漢成語。
現在のように「観光」が『ツーリズム』の訳とされたのは大正年間のことである
1850年オランダにて起工
1853年竣工
1856年蘭国王ウィレム三世から将軍徳川家定へ贈られ、艦名を「観光丸」と命名
1857年御用船となり、長崎海軍伝習所で練習艦として使用される
1860年伝習所の閉鎖に伴い、佐賀藩へ貸与となる
1864年佐賀藩から幕府へ返還される
1865年艦名を「観光」と改名
1868年大政奉還に伴い、明治政府へ上納される
1876年除籍、廃艦。後に解体処分となる


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