神島(2代)型 敷設艇

Minelayer "Kamisima" Class


神島
敷設艇「神島」(1947年/武装撤去済:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ
排水量:(基)766t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 51t
全長:73.3m
全幅:7.85m 主機:艦本式23号乙8型ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:4.6m
出力:1,900hp
武装:
40mm連装機銃2基、25mm連装機銃3基、同単装機銃7基、
爆雷36発搭載(投射機2)もしくは機雷120個
最大速力:16.5kt
航続距離:14ktで3000浬
乗員定数:94名

同型艦名(2隻+未着工1隻)
神島(2代)"Kamisima(2)"粟島"Awasima"彦島(2代)"Hikosima(2)"

神島(2代)型 敷設艇について
 太平洋戦争も中盤をすぎた昭和19年(1944年)頃になると、戦局の悪化から軍では連合軍の本土侵攻が危惧されるようになり、敵を迎え撃つための本土決戦用の各種兵器の建造・製作が計画された。敵を迎え撃つ機雷敷設のために必要な掃海艇も、既存の艇は船団護衛などで数を減らしていたため9隻の急造が計画された。
 本クラスの設計は「測天」(2代)型を簡易化したものとなっており、他の急造艦艇(たとえば丙型丁型海防艦等)と同様に建造工数を減らすため直線を多用した形状や簡易な構造とされている。機関は丙型海防艦と同じ艦本式ディーゼル機関を搭載したが、従前の掃海艇に搭載されたMAN式よりも出力が低かったため、速度性能は低下した(かわりに燃料搭載量を増やしているので航続距離は伸びている)。兵装も戦訓から対空兵装・対潜兵装を強化しており、機銃の増設や電探、水中聴音機(ハイドロフォーン)や水中探信儀(ソナー)の搭載が行われた。
 9隻が計画された姉妹艇のうち緊急に必要とされた3隻の建造が準備されたが、三番艇(予定艇名「彦島」)は特攻兵器の製造が優先されたため着工前に建造中止となり、実際に建造に着手したのは2隻だけであった。ネームシップである「神島」は終戦直前に竣工したが実戦に出ることなく終戦を迎えており、二番艇の「粟島」は工事進捗率9割の時点で終戦となった。両艇とも戦後は特別輸送艦に指定された後、戦時賠償として連合国へ引き渡されている。

神島(2代)型 敷設艇の歴史
「神島」(2代)「神島」=渥美半島と志摩半島の間、伊勢湾入り口にある島から取った名称
1945年 2月20日佐世保工廠にて起工
       6月12日進水
       7月30日竣工。横須賀防備隊に配属
       8月15日横須賀にて終戦を迎える
       9月15日除籍
      10月〜復員輸送に従事。同年12月1日特別輸送艦に指定される
1946年12月15日特別保管艦に指定される
1947年 9月15日戦時賠償としてソ連へ引き渡し
      10月 3日ソ連海軍編入。艇名を「カトゥニ」[Катунь]と改称
1955年 2月中華人民共和国に譲渡される。以降の消息は不明
「粟島」「粟島」=香川県三豊市北部にある島から取った名称
1945年 2月20日佐世保工廠にて起工
       7月26日進水
       8月15日工事進捗率90%の時点で終戦を迎える
 長崎湾へ回航され、川南工業香焼島工場で艤装工事を継続
1946年 2月 3日特別輸送艦に指定される
       4月18日竣工
1946年12月15日特別保管艦に指定される
1947年10月 7日戦時賠償としてアメリカへ引き渡し。後に黄海で海没処分となる
「彦島」(2代)「彦島」=関門海峡西口にある島から取った名称
現在は本州と橋梁などにより地続きとなっている
 計画番号第1807号。1944年計画中止のため未着工


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