第1号型(丙型) 海防艦

"No.1" Class Escort Vessels (Type"Hei")


第17号海防艦
海防艦「第17号」(1944年)
スペックデータ
排水量:(公)810t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 106t
全長:63.00m
全幅:8.40m 主機:艦本式23号乙8型ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:2.90m
出力:1,900hp
武装:
45口径12cm単装高角砲2基、25mm3連装機銃2基、
爆雷120個搭載(投射機12、投下軌条1)
最大速力:16.5kt
航続距離:14ktで6500浬
乗員定数:125名

同型艦名(59隻)
第1号"No.1"第3号"No.3"第5号"No.5"第7号"No.7"第9号"No.9"
第11号"No.11"第13号"No.13"第15号"No.15"第17号"No.17"第19号"No.19"
第21号"No.21"第23号"No.23"第25号"No.25"第27号"No.27"第29号"No.29"
第31号"No.31"第33号"No.33"第35号"No.35"第37号"No.37"第39号"No.39"
第41号"No.41"第43号"No.43"第45号"No.45"第47号"No.47"第49号"No.49"
第51号"No.51"第53号"No.53"第55号"No.55"第57号"No.57"第59号"No.59"
第61号"No.61"第63号"No.63"第65号"No.65"第67号"No.67"第69号"No.69"
第71号"No.71"第73号"No.73"第75号"No.75"第77号"No.77"第79号"No.79"
第81号"No.81"第83号"No.83"第85号"No.85"第87号"No.87"第89号"No.89"
第95号"No.95"第97号"No.97"第105号"No.105"第107号"No.107"第205号"No.205"
第207号"No.207"第213号"No.213"第215号"No.215"第217号"No.217"第219号"No.219"
第221号"No.221"第223号"No.223"第225号"No.225"第227号"No.227" 

海防艦 第1号型(丙型)について
 昭和18年(1943年)になって船舶の被害が増大し、護衛任務に従事する海防艦の必要艦数増加に対応するため新しい海防艦を量産することが計画された。
 しかし船体は量産できても急速に量産できる機関として適当なものが無く、駆潜艇第13号型が使用している艦本式23号乙8型ディーゼル機関を主機に採用することになった。だが駆潜艇の二倍の排水量がある海防艦を同じ機関で動かしたときに16kt以上の速度を発揮することが困難として、機関に過給器をつけて馬力アップする計画が立てられたが、実際には過給器無しでも機関の回転数を上げることで所定の馬力を発揮できることが判明したため過給器は搭載されなかった。
 船型も直線と円弧のみの使用が基本とされ、改乙型(「鵜来」型)海防艦と同様に戦時標準船規格の設計に準じたものとなった。船体が従前の海防艦より小型化したため燃料搭載量や居住性は低下し、長距離での任務遂行は困難となった。
 甲型、乙型に続く海防艦であるため各種資料では丙型と総称されている(ただし海軍では計画段階のうちだけ丙型と称していた)。これまでの海防艦では艦名には島嶼の名前が使われていたが、当クラスでは大量建造で艦数が多かったため第1号からの奇数番号を付与されただけであった。
 計画では133隻もの大量建造が予定されていたが、終戦までに53隻が竣工したのみで、終戦後に復員船として完成させられた3隻を含めても56隻と計画の半数に満たなかった。
 ちなみに、当クラスの「第217号」は昭和20年7月17日に竣工しており、竣工日が同じ日の海防艦「生野」(「鵜来」型)と同じく日本海軍海防艦として最後に完成した艦とされている。

注意!「この型は同型艦が多いため他のページとは年表の形が異なります。年月日は総て西暦表示です。」
第1号型(丙型)海防艦の歴史
艦番竣工造船所沈没場所・沈没原因除籍備考
'44. 2.29三菱神戸'45. 4. 6廣門南方にて敵機の攻撃による'45. 5.25 
'44. 2.29三菱神戸'45. 1. 9基隆北西にて敵機の攻撃による'45. 3.10 
'44. 3.19日本鋼管'44. 9.21フィリピン近海にて敵機の攻撃による'45. 5.25 
'44. 3.10日本鋼管'44.11. 4ルソン島東方にて米潜水艦「レイ」の雷撃に
よる
'45. 1.10 
'44. 3.10三菱神戸'45. 2.14済洲島南東にて米潜水艦「ガトー」の雷撃
による
'45. 4.10 
11'44. 3.15三菱神戸'44.11.10オルモック湾にて敵機の攻撃による'45. 1.10 
13'44. 4. 3日本鋼管'45. 8.14余部沖にて米潜水艦「トルスク」の雷撃に
よる
'45. 9.15 
15'44. 4. 8日本鋼管'44. 6. 6サンジャック南西にて米潜水艦「レートン」
の雷撃による
'44. 5.10 
17'44. 4.13日本鋼管'45. 1.12サンジャック泊地にて敵機の攻撃による'45. 3.10 
19'44. 4.28日本鋼管'45. 1.12サンジャック泊地にて敵機の攻撃による'45. 3.10 
21'44. 7.18日本海船渠'44.10. 6ルソン北西にて米潜水艦「シーホース」
の雷撃による
'45. 1.10 
23'44. 9.15日本海船渠'45. 1.12キノン東方にて敵機の攻撃による'45. 3.10 
25'44. 7. 2日本鋼管'45. 5. 5黄海にて米潜「スプリンガー」の雷撃による'45. 5.25 
27'44. 7.20日本鋼管 佐世保にて終戦を迎える'45.11.20復員船として使用される
'47.8.22英国へ引き渡し
29'44. 8. 8日本鋼管 佐世保にて終戦を迎える'45.11.20機関破損のため
廃棄処分される
31'44. 8.21日本鋼管'45. 4.14済洲島付近にて米潜水艦「ティランテ」
の雷撃による
'45. 5.25 
33'44. 8.31日本鋼管'45. 3.28宮崎県青島沖にて敵機の攻撃による'45. 5.25 
35'44.10.11日本鋼管'45. 1.12仏印南方にて敵機の攻撃による'45. 3.10 
37'44.11. 3日本海船渠 横須賀にて終戦を迎える'45. 9.15復員船として使用される
'47.9.4米国へ引き渡し
39'44. 9.27日本鋼管'45. 8. 7巨済島付近にて敵機の攻撃による'45. 9.15 
41'44.10.16日本鋼管'45. 6. 9対馬海峡にて米潜水艦「シーオゥル」
雷撃による
'45. 8.10 
43'44. 7.30三菱神戸'45. 1.12仏印南方にて敵機の攻撃による'45. 3.10 
45'44.12.23日本海船渠 伊勢湾にて終戦を迎える'45.11.30浸水擱座状態だったため
後に解体処分される
47'44.11. 2日本鋼管'44. 8.14余部沖にて米潜水艦「トルスク」の雷撃に
よる
'45. 9.15 
49'44.11.16日本鋼管 大湊にて終戦を迎える'45.11.30復員船として使用される
'47.7.5米国へ引き渡し
51'44. 9.21三菱神戸'45. 1.12キノン北方にて敵機の攻撃による'45. 3.10 
53'44.11.28日本鋼管'45. 2. 7カムラン湾沖にて米潜水艦「バーガル」
雷撃による
'45. 4.10 
55'44.12.20日本鋼管 北海道にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.7.16英国へ引き渡し
57'45. 1.13日本鋼管 宇部にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
後に宇部港の防波堤と
なる
59'45. 2. 2日本鋼管 対馬海峡にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'46.7.30座礁中の戦艦「日
向」
と接触事故、沈没
61'44. 9.15舞鶴工廠'45. 2. 9サンジャック沖にて触雷大破'45. 5. 3 
63'44.10.15三菱神戸'45. 8.10七尾沖にて触雷座礁'45. 9.30 
65'45. 2.13日本海船渠'45. 7.14室蘭港にて敵機の攻撃による'45. 9.15 
67'44.11.12舞鶴工廠 対馬海峡にて終戦を迎える'45.10.25'47.7.6中国へ引き渡し
「営口」[Ying-Kou]と改名
'49年台湾へ脱出、「瑞
安」[Rui-An]と改名、
'63年頃退役
69'44.12.20三菱神戸'45. 3.16香港近海にて敵機の攻撃による'45. 5.10 
71'45. 3.12日本鋼管 北海道にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.8.28ソ連へ引き渡し
73'45. 4. 5日本鋼管'45. 4.16岩手東方にて米潜水艦「サンフィッシュ」
雷撃による
'45. 5. 5 
75'45. 4.12日本海船渠 北海道にて終戦を迎える'45.11.30'45.8.23糸魚川沖にて
自沈する
77'45. 3.31日本鋼管 呉にて終戦を迎える'45.11.30掃海作業に使用される
'47.8.28ソ連へ引き渡し
79'45. 5. 6日本鋼管 北海道にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.7.29ソ連へ引き渡し
81'44.12.15舞鶴工廠 七尾にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.8.29中国へ引き渡し
「黄安」[Huang-An]と改
名、'49年中共軍に鹵獲
「瀋陽」[Shen-Yang]と改
名、'80年頃退役
83 浪速船渠 '45.1.16進水。工程約8割の時点で終戦 '48.3月解体処分
85'45. 5.31日本鋼管 七尾にて終戦を迎える'45.10.25復員船として使用される
'47.8.31中国へ引き渡し
「吉安」[Ji-An]と改名
'49年中共軍に鹵獲され
るが直後に国府軍の爆
撃により大破し不使用
'56年頃退役
87'45. 5.20日本鋼管 舞鶴にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.7.29米国へ引き渡し
89 日本海船渠 '45.5.5進水。工程約9割の時点で終戦 '47.11月解体処分
95'45. 5. 4新潟鐵工所 '45.7.8横須賀港にて触雷中破
横須賀にて終戦を迎える
'45. 9.15後に解体処分される
97 日本鋼管 建造中に終戦。'45.12.16復員船として竣工 復員船として使用される
'46.4.1機関不良のため
使用中止
105 日本鋼管 建造中に終戦。'46.4.15復員船として竣工 復員船として使用される
'47.7.5ソ連へ引き渡し
107 日本鋼管 建造中に終戦。'46.5.30復員船として竣工 復員船として使用される
'47.8.29中国へ引き渡し
「潮安」[Chao-An]と改名
'49年台湾へ脱出
'63年頃退役
205'44.10.10浪速船渠 大湊にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.7.30中国へ引き渡し
「新安」[Xin-An]と改名
'49年台湾へ脱出
'54年澎湖隠岐で座礁
船体は放棄される
207'44.10.15浪速船渠 七尾にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.7.4米国へ引き渡し
213'45. 2.12三菱神戸 釜山港にて終戦を迎える'45. 9.15'45.8.17釜山沖にて触雷
沈没
215'44.12.30新潟鐵工所 大湊にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.7.16中国へ引き渡し
「遼海」[Liao-Hai]と改名
'49年台湾へ脱出
'55年頃退役
217'45. 7.17三菱神戸 七尾にて終戦を迎える'45.11.30掃海作業に使用される
'47.9.5英国へ引き渡し
219'45. 1.15浪速船渠'45. 7.15函館近海にて敵機の攻撃による'45. 9.15 
221'45. 4. 2新潟鐵工所 佐世保にて終戦を迎える'45.11.30復員船として使用される
'47.7.29ソ連へ引き渡し
223 三菱神戸 '45.7.4進水。工程約5割の時点で終戦 '47.10月解体処分
225'45. 5.28新潟鐵工所 佐世保にて終戦を迎える'45.10. 5'48.4.30解体処分
227'45. 6.15浪速船渠 佐世保にて終戦を迎える'45.10. 5復員船として使用される
'47.7.5ソ連へ引き渡し


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