給糧艦 伊良湖

Store Ship "Irako"


伊良湖
給糧艦「伊良湖」(1944年:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ
排水量:(公)11,100t ボイラー:ロ号艦本式罐・石炭重油混焼×6基 燃料搭載量:重油 520t
        石炭1670t
全長:143.50m
全幅:19.00m 主機:艦本式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:6.05m
出力:8,300hp
武装:
45口径12cm連装高角砲2基、25mm連装機銃2基
(大戦中に25mm3連装機銃3基を増設)
最大速力:17.5kt
航続距離:14ktで6000浬
乗員定数:425名

同型艦名(1隻)
伊良湖"Irako"

給糧艦 伊良湖について
 軍縮条約の期限明けを迎え艦隊増強に力を入れ始めた日本海軍は艦隊随伴の給糧艦が「間宮」一隻しかないことを危惧し、第3次計画(マル3計画)にて給糧艦「伊良湖」を新造することにした。「伊良湖」は「間宮」より一回り小型であるが、冷凍設備などは新型が導入されており給糧艦として優れた物であった。
 二万五千人の将兵に二週間分の糧食を提供できるだけの積荷スペースを持ち、「間宮」と同じく艦内で菓子(羊羹や饅頭、飴、パン類)や清涼飲料(ラムネ、アイスクリーム等)、豆腐や蒟蒻を製造できた。さらに「間宮」同様に通信監査の任務も請け負っていたため、多数の受信装置も搭載していた。
 なお当時の国策により戦闘に直接関わらない艦は石炭燃料を併用することになっていたため、清潔第一の給糧艦としては若干の問題(石炭焚きの艦は煙突から煤が出る)があり、煤煙が積み荷にかからぬよう煙突が極端に高い設計となっている。

給糧艦 伊良湖の歴史
「伊良湖」「伊良湖」=渥美半島西端の伊良湖岬から取った名称
1940年 5月30日神戸川崎造船所にて起工
1941年 2月14日進水
      12月 5日竣工
 連合艦隊へ編入後、太平洋戦争に参加。各地への補給任務に従事
1944年 1月20日トラック北方沖にて米潜「シー・ドラゴン」の雷撃を受け損傷を負う
       2月本土へ帰還。横浜、佐世保にて修理を実施(同年8月修理完了)
       9月24日フィリピンのコロン湾にて敵機の攻撃を受け沈没
      11月30日除籍


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艦のイラストはF4Uさん作成のドット絵を3倍に拡大して使用させていただきました。