水雷艇 福龍

TorpedoBoat "Hukuryuu"


福龍
水雷艇「福龍」(1900年頃)
スペックデータ
排水量:(常)115t ボイラー:汽車罐・石炭専焼×1基 燃料搭載量:石炭 18t
全長:42.75m
全幅:5.00m 主機:直立型往復動蒸気機関(2気筒2段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:1.19m
出力:1,015hp
武装:
47mm単装砲2基、35.6cm魚雷単装発射管4基4門
最大速力:20.0kt
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
福龍"Hukuryuu"[Hukuryû]

水雷艇 福龍について
 元は清国海軍北洋水師所属の大型水雷艇「福龍」(フー・ロン[Fu-Long])であったが、日清戦争の際に日本海軍に捕獲され整備後に艦籍編入となったもの。当時の清国海軍北洋水師ではドイツ製の艦が多く、この艇もドイツのシーシャウ社にて建造され当初は福建水師に配属されたが日清戦争時には北洋水師所属となっていた。竣工当初の福建水師における艇名「福龍」が北洋水師でも日本海軍でもそのまま使用されている。
 同時期にドイツのシーシャウ社で建造された日本海軍水雷艇「白鷹」と基本的に兵装は同じものであった。明治35年(1902年)に、ボイラーを汽車罐から水管罐に変更しており、煙突が二本に増えている。
 なお、日露戦争では水雷艇隊に所属し作戦や海戦に参加したという資料と、同型のない艇だったため内地にて港湾警備などに従事したのみとする資料がある。

水雷艇 福龍の歴史
「福龍」「福龍」=清国福建水師の艦には「福」の字が冠せられており
この艦もその基準にそって命名されている。
1885年独シーシャウ社にて清国水雷艇「福龍」として竣工
1894年日清戦争に参加。黄海海戦に参加
1895年 2月 7日威海衛を脱出するも、日本艦隊に追いつめられ降伏
       2月27日日本海軍籍に編入される。艦名は漢字名だったため変更されず
1904年日露戦争に参加。日本海海戦等に参加
(内地にて警備任務などに従事したとの説もある)
1908年 4月 1日除籍


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