スループ 富士山

Sloop "Hujiyama"


富士山
スループ「富士山」(1880年前後?)
スペックデータ
排水量:(常)1,000t ボイラー:(詳細不明)石炭専焼 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:56.4m
全幅:10.3m 主機:(詳細不明)直動式蒸気機関、1軸推進
吃水:3.3m
出力:350hp
武装:
16cm前装砲1基、15cm前装砲1基、ほか小口径砲複数
最大速力:13.0kt
航続距離:不明
乗員定数:134名

同型艦名(1隻)
富士山"Hujiyama"

スループ 富士山について
 元は幕府海軍に所属していた木造スループ艦「富士山丸」で、文久2年(1862年)にアメリカへ発注されたものである。1864年に竣工したが、折しも下関戦争(長州藩による米仏蘭船への攻撃およびその報復としての英米仏蘭連合艦隊による攻撃)勃発のため出港が差し止められ、1866年まで日本へ到着することができなかった。
 1868年の大政奉還に伴い、他の幕府海軍艦とともに明治政府へ上納され、「富士山艦」と改名している。その後、戊辰戦争で活躍したのち、明治4年(1871年)に海軍兵学寮(後の兵学校)の練習艦として使用された。

 なお、19世紀末に建造された戦艦「富士」も富士山から取った名前であるが、当艦のように艦名に『山』をつけないため、当サイトでは初代、二代目とせず、それぞれを初代として扱った。


スループ 富士山の歴史
「富士山」「富士山」=日本を代表する富士山からとった名前である。
富士山は標高3776mで現在の日本最高峰である。
1862年江戸幕府の発注により米ニューヨークの造船所にて起工
1864年竣工するも下関戦争のためニューヨークに足止めされる
1866年 1月23日(旧暦慶応元年12月7日)横浜に到着。「富士山丸」と命名され幕府海軍に配属
       7月(旧暦慶応2年6月)長州征討に出動。周防大島への砲撃などに参加
1868年 5月 3日(旧暦慶応4年4月11日)江戸幕府から明治政府へ上納される
       5月20日(旧暦慶応4年4月28日)正式に政府所有となる。艦名を「富士山艦」と改名
      10月26日(旧暦明治元年9月11日)清水港にて旧幕府軍艦「咸臨丸」を捕獲
1871年 6月兵学寮の稽古艦(練習艦)となる
1877年10月機関撤去、艦中央への檣楼追加工事を行う
1880年 1月係留練習艦となる
1885年12月運用術練習艦となる
1888年 9月21日艦名を「富士山」と改名
1889年 5月10日除籍。同年9月10日第五種(雑船)に指定
1891年呉鎮守府海兵団および呉水雷敷設部にて使用される
1896年廃船。同年8月19日売却処分


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