給油艦 速吸

Fleet Oiler "Hayasui"


速吸
給油艦「速吸」(搭載機体は水上機が描かれている:Illustration by "SnowCloudInSummer" 2015 / Creative Commons Attribution 3.0)
スペックデータ
排水量:(公)20,000t ボイラー:簡易型21号罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油 2000t
全長:153.00m
全幅:20.10m 主機:石川島式オールギヤードタービン×1基、1軸推進
吃水:8.83m
出力:9,500hp
武装:
40口径12.7cm連装高角砲2基、25mm3連装機銃2基、
25mm連装機銃1基、水上攻撃機(後に艦攻へ計画変更)6機搭載(射出機1基)
最大速力:16.5kt
航続距離:16ktで9000浬
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
速吸"Hayasui"

給油艦 速吸について
 給油艦「風早」と同じく昭和16年度の戦時急造計画にて計画建造された艦隊随伴用の大型高速給油艦。ただし民間タンカーに洋上給油装置や兵装を搭載しただけの「風早」と異なり、給油艦の他に補助空母としての性格を持たせるためカタパルトを搭載して水上攻撃機(16試水偵(後の「瑞雲」)か?)を運用できるようになっていた。ただし「風早」と船体の構造はほぼ同じものであった。
 その後、ミッドウェーの敗北により正規空母四隻を喪った日本海軍は、当艦へ搭載する機体を水上機から開発中だった18試艦攻(後の「流星」)に変更し、当艦を空母の補助戦力とする方向へ転換が図られた。この場合、搭載される機体は艦上や水上に降ろすことができなくなるため、帰還時は機体を放棄し搭乗員のみ救助するか陸上基地へ帰還することになる。
 しかし就役後3ヶ月で航空機を搭載することもなく本艦は戦没してしまい、補助空母兼用の効果を発揮することは無かった。

給油艦 速吸の歴史
「速吸」「速吸」=瀬戸内海西口に位置する速吸瀬戸から採った名称
1943年 2月 1日播磨造船にて起工
      12月25日進水
1944年 4月24日竣工
       6月補給部隊に所属しマリアナ沖海戦に参加。敵機の攻撃を受け損傷
       7月呉に帰還し、修理を実施(7月末修理完了)
       8月10日〜石油輸送のため南方へ向け本土を出撃
       8月19日ルソン島沖にて米潜「ブルーフィッシュ」の雷撃を受け沈没
      10月10日除籍


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