駆潜艇 第3号

Submarine Chaser "No.3"


第3号
第2号駆潜艇(1936年)
スペックデータ
排水量:(基)270t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 20t
全長:56.1m
全幅:5.6m 主機:艦本式22号6型ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:2.1m
出力:2,500hp
武装:
40mm連装機銃1基、25mm単装機銃3基、
爆雷36個(投射機2、投下軌条1)
最大速力:20.0kt
航続距離:14ktで1,500浬
乗員定数:60名

同型艦名(1隻)
第3号"No.3" 

第3号型駆潜艇について
 マル1計画で建造された「第1号」型駆潜艇に続き、マル2計画で建造が計画された駆潜艇。友鶴事件などにより「第1号」型には性能改善工事が施されたが、当艇は建造時から改善策が盛りこまれており、「第1号」型よりも船体は一回り短くなり上部構造物も低くされるなどの改良が施されたため、復原性は改善されている。しかし搭載機関は「第1号」型での運用実績(高出力発揮時の機関不調)から低出力化されており、速力などは向上しなかった。
 太平洋戦争では「第1号」型と同様に第3艦隊第1根拠地隊に所属しフィリピン方面での活動を行っており、終戦時にもスラバヤにて生き残っていたが、その後自沈処分となった。

第1号型駆潜艇の歴史
「第1号」 
1935年 4月17日浅野造船所鶴見工場にて「第三駆潜艇」として起工
1936年 6月 6日進水。特務艇(駆潜艇)「第3号」と命名
      10月 5日竣工
1938年日華事変勃発のため、華中方面で作戦行動
1940年 4月 1日類別を特務艇から艦艇へ変更。駆潜艇に類別
1941年12月太平洋戦争開戦時、第3艦隊第1根拠地隊に所属しフィリピン方面で行動
1945年 8月15日スラバヤにて終戦を迎える
1946年 7月11日シンガポール沖にて自沈処分される
       8月10日除籍


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