砲艦 磐城

GunBoat "Banzyou"


磐城
二等砲艦「磐城」(1900年頃)
スペックデータ
排水量:(常)708t ボイラー:円罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 107t
全長:46.94m
全幅:7.62m 主機:横置式往復動蒸気機関(2気筒)×1基、1軸推進
吃水:3.89m
出力:590hp
武装:
22口径17cm単装砲1基、25口径12cm単装砲5基、
8cm単装砲3基、25mm4連装砲2基
最大速力:10.0kt
航続距離:不明
乗員定数:111名

同型艦名(1隻)
磐城"Banzyou"[Banzyô]

砲艦 磐城について
 砲艦「天城」に続いて横須賀造船所で建造された艦で木造汽船である。「天城」と同様、艦名は山の名前から取られている(また「天城」と同様、正式名称は「磐城艦」と称した)。
 「天城」はフランス人技師ヴェルニーの手による設計であったが、この「磐城」はその設計を参考にして日本人の手で設計されており、建造・進水までを完全に日本人のみの手で行っている。
 日清戦争時にはすでに旧式化しており艦隊へ所属することはなかったが、偵察任務や測量任務に従事し、日露戦争では一時期旅順封鎖作戦に参加した後は艦隊付属の特務艦隊に所属して朝鮮沿岸の測量任務に従事した。特に郡司成忠大尉の千島探検に際しては非常に重要な役割を果たしたと伝えられる。

砲艦 磐城の歴史
「磐城」「磐城」=伊豆地方にそびえる磐城山(別名万次郎岳)から取った名称。
標高1407m。海軍創生期にはこの山から取った木材が船材として使用された
1877年 2月 1日横須賀造船所にて起工
1878年 7月16日進水
1880年 7月 5日竣工
1894年〜日清戦争に際しては、主に偵察・測量任務に従事
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1904年〜日露戦争に参加。旅順封鎖作戦に参加。測量任務に従事
1907年 7月12日除籍。雑役船となる
1911年 5月23日廃船。後に新潟商業商船学校の係留練習船となる


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2015,09,11(First Up 1999,08,21)