第1号型 哨戒特務艇

"No.1" Class Auxiliary Patrol Boat


第85号

第173号
(上段)第85号哨戒特務艇(戦後漁船として竣工)/(下段)第173号哨戒特務艇(1945年:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(計画値)
排水量:(基)218t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 26t
全長:29.8m
全幅:6.14m 主機:中速400馬力ディーゼル機関×1基、1軸推進
吃水:2.35m
出力:400hp
武装:
25mm連装機銃1基、爆雷8個(投下軌条2)
(竣工艇は25mm単装機銃2基、12cmロケット砲2基、
魚雷落射機2基(魚雷は供給されず)などを追加搭載している)
最大速力:9.0kt
航続距離:8ktで4000浬
乗員定数:34名

同型艦名(27隻+未竣工30隻+未着工200隻以上)註:竣工した27隻のみ記載
第1号〜第3号
"No.1"〜"No.3"
第25号〜第26号
"No.25"〜"No.26"
第31号
"No.31"
第37号
"No.37"
第54号
"No.54"
第84号
"No.84"
第90号
"No.90"
第134号〜第138号
"No.134"〜"No.138"
第152号〜第153号
"No.152"〜"No.153"
第163号〜第166号
"No.163"〜"No.166"
第173号〜第175号
"No.173"〜"No.175
第179号
"No.179"
第191号〜第192号
"No.191"〜"No.192"
  

第1号型 哨戒特務艇
 太平洋戦争が始まり、防衛のため太平洋沖から本土へ接近する敵艦を早期に発見する任務に、日本軍(陸海軍とも)では民間の小型漁船を徴用して任務に投入した。これら小型漁船は大きさも性能もマチマチであり、運航も民間の漁師や船員が主(徴用時点で軍属とされたが、どさくさで軍属として登録されなかった者も多かったという)で武装もほとんど施されなかったので、哨戒中に敵艦に遭遇した場合は大半が敵発見の無電を最期に帰還することは無かったという。
 戦局が悪化していくにつれ、徴用漁船の損害が大きくなる一方で敵艦が本土近海に出没することも多くなり、海軍では昭和18年(1943年)に哨戒に使用する小型艇を量産することにし、280隻(諸説あり)の建造が予定された。この小艇は木造漁船そのままの姿をしており、機関は量産化されていた中速ディーゼル機関を搭載した。また武装も施され、25ミリ機銃と爆雷が搭載されている。竣工した艇には戦訓から機銃や爆雷が増設されたほか、魚雷落射機も搭載するなど武装が強化されている。なお、魚雷落射機に装填する魚雷は物資不足などのため供給されなかった。
 昭和19年から国内の木造船造船所にて建造が始まり、進水した艇から順に各海軍工廠にて艤装が施された。しかし急造ということもあって、材料とする木材の供給不足や工員の不足などから建造は遅々として進まず、終戦までに57隻が着工、27隻が竣工したのみに終わっている。
 竣工できた艇も、大戦末期で海軍の行動が制限されていたこともあって、あまり外洋での行動をおこなっておらず、大半の艇は終戦時に生き残っていた。生き残った艇や建造中だった艇は、終戦後に沿岸の掃海作業に従事したり、漁船へ改造(もしくは漁船として竣工)して戦後混乱期の食糧不足解消に微弱ながら力となっている。また海上保安庁(後に海上自衛隊)の掃海艇として昭和40年頃まで使用されたものもある。

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