第1号型 敷設(特務)艇

(Auxiliary) Minelayer "No.1" Class


第2号
「第2号」敷設特務艇(1942年)
スペックデータ
排水量:(基)215t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 13t
全長:31.5m
全幅:6.2m 主機:中速400馬力ディーゼル機関×1基、1軸推進
吃水:3.1m
出力:400hp
武装:
8cm単装高角砲1基、13mm連装機銃1基、九三式機雷40発搭載
最大速力:9.5kt
航続距離:9.5ktで1500浬
乗員定数:63名

同型艦名(4隻)
第1号 〜 第4号 "No.1 〜 No.4"

第1号型 敷設(特務)艇について
 昭和15年(1940年)策定のマル臨計画で建造された敷設特務艇。同計画で建造された掃海特務艇(「第1号」型)と同様の漁船型船体を持ち、計画当初は雑役船だったが建造中に特務艇となったのも掃海特務艇と同じであった。
 船体は遠洋漁業の漁船と大きな差はなく、漁船では船倉となる部分に兵員室や機雷庫が作られた。また汎用性を持たせるため、機雷を搭載しない場合は掃海具や対潜爆雷を装備することもできた。
 「測天(初代)」型敷設艇の補助を行う艇として計画されたため搭載機雷は少なかったが、遠洋への航海を行う能力を持っていたため戦時中は外地への展開に使用され、姉妹艇4隻のうち3隻が戦没している。

第1号型 敷設(特務)艇の歴史
「第1号」 
1941年 6月 4日浦賀船渠にて起工
       8月20日進水。艇名を「第1号」敷設艇とする
1942年 2月28日竣工。横須賀防備隊に配属
       3月15日第2南遣艦隊に転属。南方へ進出
1944年 2月 1日類別を敷設特務艇に変更
1945年 3月27日スマトラ島メダン沿岸にて触雷し沈没
1947年 5月 3日除籍
「第2号」 
1941年 6月 4日浦賀船渠にて起工
       8月30日進水。艇名を「第2号」敷設艇とする
1942年 4月10日竣工。第2南遣艦隊に配属。南方へ進出
      12月31日スラバヤ港内にて触雷し沈没
1943年 3月20日除籍
「第3号」 
1941年 9月 8日浦賀船渠にて起工
1942年 1月14日進水。艇名を「第3号」敷設艇とする
       6月30日竣工。第4艦隊に配属。トラックへ進出
1944年 2月 1日類別を敷設特務艇に変更
1945年 8月15日終戦時、トラックにて残存
1947年 5月 3日除籍。後に解体処分
「第4号」 
1941年 9月 8日浦賀船渠にて起工
1942年 1月14日進水。艇名を「第4号」敷設艇とする
       8月20日竣工。第2南遣艦隊に配属。南方へ進出
1944年 2月 1日類別を敷設特務艇に変更
      11月20日ニコバル島南東沖にて英潜「タリ・ホー」の雷撃を受け沈没
1947年 5月 3日除籍


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