第1号型 駆潜特務艇

"No.1" Class Auxiliary Submarine Chaser


第193号(170号?)
第193号駆潜艇(戦後撮影)(同じ写真を第170号(1947年)としている資料もある)
スペックデータ(性能は計画値)
排水量:(公)135t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 6t
全長:26.0m
全幅:5.65m 主機:中速400馬力ディーゼル機関×1基、1軸推進
吃水:1.97m
出力:400hp
武装:
7.7mm機銃1基(その後13mmや25mm機銃へ換装した艇が多い)、
爆雷22発(投下軌条2)または爆雷10発(機銃を増設した艇の場合)
最大速力:11.0kt
航続距離:10ktで1000浬
乗員定数:32名

同型艦名(200隻+他に試作艇2隻あり)
第1号〜第100号
"No.1"〜"No.100"
第151号〜第250号
"No.151"〜"No.250"

第1号型駆潜特務艇について
 第二次大戦が始まった昭和14年(1939年)から日本でも戦時に備えた艦艇の整備計画が行われた。戦時となれば重要施設である港湾の警備を行うために多くの駆潜艇が必要になってくるが、それまでに建造されていた駆潜艇の数はあまりに少なかったため、駆潜艇を補助するための特務艇として民間の漁船などを徴発する計画であった。しかし多種雑多な漁船ではまとめての運用は不可能だとして、木造駆潜特務艇のマスプロが行われることになった。
 昭和16年(1941年)度のマル急計画から予算がつき、まず100隻(1号から100号)の建造が行われた。その後昭和18年のマル戦計画でも100隻の建造が認められ、これも終戦までに竣工している。
 戦時の急造を意識して構造や工法が決定されているが、艤装などが特に簡易化されているわけでも無いため、一部の艇は材料の木材が不足したりディーゼル機関の製造が間に合わなかったりして工期が遅れている。
 竣工した艇は順次戦線へ投入がおこなわれた。本土港湾だけでなく南洋ソロモン方面まで配置されたため、200隻建造された艇のうち81隻が戦没している。終戦時に生き残っていた艇は、木造構造であったことから、近海の掃海任務などに利用され、一部の艇は海上保安庁、警備隊、海上自衛隊に引き続き運用された。また退役後に民間へ払い下げられた艇もあり、戦後しばらくのあいだ活躍していたと伝えられる。

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