足摺型 給油艦

"Asizuri" Class Gasoline Tanker


足摺
給油艦「足摺」(1943年)
スペックデータ
排水量:(公)8,430t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×2基(補助用) 燃料搭載量:重油 450t
全長:126.00m
全幅:16.80m 主機:三菱横浜式(MAN型)ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:6.00m
出力:6,000hp
武装:
40口径12.7cm連装高角砲2基、25mm3連装機銃2基
(「塩屋」は爆雷の搭載が可能となっていた)
最大速力:16.0kt
航続距離:14ktで5500浬
乗員定数:192名

同型艦名(2隻)
足摺"Asizuri"塩屋"Sioya"

足摺型給油艦について
 この「足摺」型は給油艦に分類されているが、他の給油艦と異なり艦船燃料の輸送ではなく航空機燃料である軽質油(ガソリン)運送用の艦である。空母機動部隊に随伴しての航空機用燃料運搬・補給のために計画され、この「足摺」型一隻で大型空母一個戦隊(大型空母二隻)に搭載される航空機の燃料をまかなうことができた。また燃料だけでなく爆弾や魚雷、予備発動機などの補給能力も持ち、人員輸送設備や整備施設なども艦内に持っていた。
 輸送用の特務艦としては珍しく軍艦形式の船体設計をしており、見た目には輸送艦と言うより何らかの母艦であるような印象を与える艦である。
 残念なことに竣工した昭和18年頃は、日本海軍は大規模な機動部隊による作戦行動を行う状況になく、当クラスは南方からのガソリン輸送に従事したのみで昭和19年6月に戦没したため、乾坤一擲となる大規模作戦(マリアナ沖海戦や比島沖海戦など)に参加することはかなわなかった。

足摺型給油艦の歴史
「足摺」「足摺」=高知県土佐湾南西端の足摺岬から取った名称
1941年 7月 8日三菱長崎にて起工
1942年 5月16日進水
1943年 1月30日竣工
 就役後は南方方面で燃料輸送・補給任務に従事
1944年 6月 5日タウイタウイ島沖にて米潜「パファー」の雷撃を受け沈没
       7月10日除籍
「塩屋」「塩屋」=福島県南岸の塩屋岬から取った名称
1942年 4月 1日三菱長崎にて起工
1943年 3月 8日進水
      11月 9日竣工
 就役後は南方方面で燃料輸送・補給任務に従事
1944年 6月 8日セレベス海にて米潜「ラッシャー」の雷撃を受け沈没
       8月10日除籍


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