コルベット 浅間(初代)

Corvette "Asama(1)"


浅間
コルベット「浅間」(1870年代?)
スペックデータ
排水量:(常)1,422t ボイラー:不明 燃料搭載量:不明
全長:67.5m
全幅:8.7m 主機:(詳細不明)蒸気機関、1軸推進
吃水:4.3
出力:300hp
武装:
口径不明の砲14門搭載
最大速力:11.0kt
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
浅間(初代)"Asama(1)"

コルベット 浅間について
 創生期の海軍では軍艦の類別方法は英国式そのままを使用しており、艦種も英語読みであったため当艦も類別はコルベットとされている。後の類別法でいけば巡洋艦にあたるのであろうが、当艦は主に砲術・航海術練習艦として使用されている。
 明治元年(1868年)にフランスで建造された艦で北海道開拓使が保有していたものだが、明治7年(1874年)に海軍へ引き渡され艦籍へ編入された。明治8年に調印された樺太・千島交換条約に基づく千島引き渡しに際しては儀礼艦として大泊(アレキサンドリア)港へ派遣されている。
 明治10年(1877年)の西南戦争終結後から砲術・航海術の練習艦として使用されるようになり、明治20年(1887年)には機関を降ろして砲術練習艦となった。

コルベット 浅間(初代)の歴史
「浅間」(初代)「浅間」=群馬と長野の県境にそびえる活火山である浅間山から取った名称。
標高2542m。コニーデ式の火山である
1868年フランスにて竣工
ペルー艦「イングランド」もしくは「サドキア」だったとの説がある
 神奈川県が購入。汽船「雑善丸」と命名
 北海道開拓使へ移管。「北海丸」と改名
1874年 7月26日海軍籍へ編入。「浅間艦」と改名
1875年 8月千島受領に際して儀礼艦として大泊港へ派遣される
1877年 2月〜西南戦争勃発。薩軍鎮圧に参加
1877年末〜砲術・航海術練習艦として使用される
1887年機関を降ろし、砲術練習艦となる
1891年 3月 3日除籍。横須賀水雷隊所属の雑役船となる
1896年12月売却処分される


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