通報艦 姉川

Scout Ship "Anegawa"
("Ангара"[Angara])



姉川
通報艦「姉川」(1910年頃)
スペックデータ
排水量:(常)11,700t ボイラー:ベルビール罐・石炭専焼×30基 燃料搭載量:石炭1200t(推定)
全長:142.34m
全幅:17.41m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:6.50m
出力:9,047hp
武装:
15.2cm単装砲4基、40口径7.6cm単装砲4基
最大速力:16.9kt
航続距離:不明
乗員定数:317名

同型艦名(1隻)
姉川"Anegawa"

通報艦 姉川について
 元はロシア帝国義勇艦隊所属の汽船「アンガラ」で、日露戦争中に旅順港にて日本海軍に捕獲されたものである。
 竣工当初は「モスクワ」[Москва](Moskva)という艦名で旅順・浦塩方面への物資輸送にあたっていたが、日露戦争開戦前に兵装を強化、「アンガラ」と改名しロシア太平洋艦隊と共に旅順港へ入港、開戦時には港内で病院船として使用されていた。
 日本軍が旅順を攻略したときには港内で着底していたが、病院船としての正式通知が国際赤十字から日本へ通告されていなかったため捕獲、引き揚げ整備後に日本海軍籍へ編入した。日本海軍編入後は朝鮮方面やハワイ方面で行動したが、戦後の調査で病院船通告がジュネーブの赤十字本部の手違いにより日本へ届いていなかったことが判明したため、明治天皇からロシア皇帝へ寄贈という形でロシアへ返還された。
 返還後はソビエト海軍の特務艦(工作艦)として使用されていたが、1920年代にはウラジオストクで行動不能となっており、以降の消息は不明である。

通報艦 姉川の歴史
「姉川」「姉川」=滋賀県を流れる姉川から取った名称。旧艦名「アンガラ」と
発音も似ていることも命名の一因であろうか?
1898年英国のジョン・ブラウン社にてロシア義勇艦隊汽船「モスクワ」として進水
1903年 9月兵装を強化し、仮装巡洋艦「アンガラ」と改名。旅順港へ入港
1904年 3月兵装を陸揚げし、病院船として旅順港内に係留
1905年 1月旅順開城に際して自沈、港内に着底する
      5月日本海軍により引き上げ。呉へ回航のうえ整備される
1906年 3月 8日通報艦「姉川」と命名され日本海軍軍艦籍に編入
 朝鮮方面・太平洋ハワイ方面等にて行動
1911年 8月22日除籍。宮内庁へ移管され、ウラジオストクへ回航
       9月 6日ロシアへ返還され、再び「モスクワ」と改名
1916年クレーンなどの工作設備を搭載し工作艦へ改修
艦名を「アンガラ」(もしくは「ペチェンガ」[Печенга](Pechenga)説あり)と改名
1920年代ウラジオストクにて行動不能となる


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