砲艦 天城(初代)

GunBoat "Amagi(1)"


天城
巡洋艦「天城」(1890年代)
スペックデータ
排水量:(常)1,547t ボイラー:円罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 256t
全長:67.36m
全幅:9.75m 主機:横置式往復動蒸気機関(2気筒3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:4.95m
出力:1,260hp
武装:
20口径17cm単装砲1基、25口径15cm単装砲1基、
25口径12cm単装砲4基、7.5cm単装砲1基、
25mm4連装ガトリング砲4基
最大速力:12.0kt
航続距離:不明
乗員定数:214名

同型艦名(1隻)
天城(初代)"Amagi(1)"

砲艦 天城(初代)について
 日本海軍創生期に建造された艦で初期の国産木造艦である。明治11年(1878年)に横須賀造船所にて竣工した。ちなみに同造船所で建造された三番目の艦だった。
 「天城」という艦名は山の名前から取ったものであるが、一説には船材の産出地である山の名称を頂いたということである。このページでは艦名を「天城」としているが正式には「天城艦」と呼ばれていた。
 日清戦争に際しては常備艦隊へ所属し威海衛夜襲作戦等に活躍したが、日露戦争開戦時には旧式化していたため艦隊へは編入されず終戦直後に除籍された。艦種類別が定められるまでは巡洋艦と称していたが、明治31年に類別が定められたときに二等砲艦に類別されている。なお、形状から当艦の類別をスループ(フリゲートとコルベットの中間クラスの戦闘艦艇)としている資料も見受けられる。

砲艦 天城(初代)の歴史
「天城」(初代)「天城」=静岡県伊豆半島の中央にそびえる火山群の総称天城山から取った。
最高峰は万三郎岳の1407m。川端康成の「伊豆の踊り子」の舞台として有名
1875年 9月 9日横須賀造船所にて起工
1877年 3月13日進水
1878年 4月 4日竣工
1882年壬午事変勃発のため、朝鮮方面の警備に従事
1883年巡洋艦と称するようになる
1894年〜常備艦隊に所属し、日清戦争に参加
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1904年〜日露戦争に参加。横浜港の警備任務に従事
1905年 6月14日除籍。雑役船となる
1908年11月24日廃船。後に鳥羽商船学校の係留練習船となる


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