帝国海軍の艦船類別

日本帝国海軍の艦船類別基準です。なお区分は太平洋戦争終結時の最終のものです。
1,艦 艇
一、軍艦
帝国海軍でいう「軍艦」とは、海軍部隊の中核をなす戦闘艦であり、一隻で一つの所轄として認知されている(帝国陸軍でいうところの「連隊」と同等かそれ以上の扱いとなる)。そのため、艦長は中佐以上の階級の者が就いた。また艦首には「天皇の艦」である証の菊の御紋章が取り付けられている。
 
・戦艦
戦艦とは主砲の攻撃力で敵の艦船を攻撃する艦種で、艦隊の主力となる。1898年制定の類別方法では排水量の違いから、1万トン以上の戦艦を「一等戦艦」、それ未満の戦艦を「二等戦艦」としていたが、1905年に一等・二等の区別は廃止された。また、練習航海などの任務に使用する練習戦艦や巡洋艦なみの高速を発揮する巡洋戦艦などの艦種もあるが、太平洋戦争時には練習戦艦や巡洋戦艦として類別されていた艦は無かった。
 
・航空母艦
俗に空母と呼ばれるもので、飛行甲板を持ち航空機を搭載して敵を攻撃する艦種である。1920年に新設された艦種で、初期には航空機母艦といわれた。ただし、当時は飛行甲板を持つ航空母艦ではなく、後の水上機母艦のことを航空母艦と呼んでいた。本来の意味での航空母艦は、1922年に竣工した「鳳翔」からである。
 
・巡洋艦
巡洋艦とは高速を活かして索敵や警戒を行う艦種で、戦力としては戦艦に次ぐものである。1898年に制定された類別方法は排水量で、7千トン以上を「一等巡洋艦」、3千5百トン以上7千トン未満を「二等巡洋艦」、3千5百トン未満を「三等巡洋艦」としていた。このうち一等巡洋艦は諸外国では「装甲巡洋艦」という艦種に類別されていたので、公式にはともかく一般には装甲巡洋艦と呼ばれることが多かった。1912年三等巡洋艦が廃止され、1917年には装甲巡洋艦は巡洋戦艦と類別されるようになった。しかし、1930年には巡洋戦艦の艦種は廃止された。1934年からはロンドン条約の影響で、排水量でなく主砲の口径で巡洋艦を区分することとし、主砲口径が15.5cm以上のものを一等巡洋艦、それ未満を二等巡洋艦と類別した。だが、一般には一等巡洋艦を「重巡洋艦」(または甲巡)、二等巡洋艦を「軽巡洋艦」(または乙巡)と呼んだ。また、これとは別に、兵士の育成に使う「練習巡洋艦」という艦種も存在した。古い時代には舷側に石炭庫等を設け、防御装甲の代わりにして重量の軽減をはかった「防護巡洋艦」という艦種もあった。
 
・水上機母艦
水上機(フロートが付いた、水上に離着水可能な航空機)を搭載した艦種で、飛行甲板は持たず搭載機を水上におろすか、カタパルトで射出して発進させ、着水した機はクレーンで回収する。主任務は偵察であるが大陸戦線や南方戦線では水上機に爆装をほどこし攻撃任務にも従事した。1934年に航空母艦の艦種から独立して制定された。
 
・潜水母艦
潜水隊(潜水艦2〜4隻で構成された部隊)に補給を行う艦で、1920年に水雷母艦として制定され、1924年から潜水母艦と改称した。
 
・敷設艦
1920年に制定された艦種で、機雷を敷設するのが任務である。また、防潜網(潜水艦が湾内などに侵入するのを防ぐための網)を敷設する急設網艦もこの艦種に含まれる。
 
二、駆逐艦
駆逐艦は、本来敵の水雷艇(魚雷を搭載した小型の攻撃艇)を駆逐するために作られた艦種であるが、実際には自身も水雷で攻撃できるように設計されたものが多い。初期には駆逐艇と呼ばれたが、まもなく駆逐艦と改称された。1912年に排水量で区別するようになり、1千トン以上のものを「一等駆逐艦」、6百トン以上1千トン未満を「二等駆逐艦」、それ未満を「三等駆逐艦」としたが、三等駆逐艦は日露戦争時代の旧式艦で新規に製造はされなかった。また、二等駆逐艦も1930年のワシントン条約以降は建造されることはなかった。なお、駆逐艦以降の艦は帝国海軍では「軍艦」として認められておらず、数隻が集まって「隊」(駆逐隊)を形成し、これが一つの所轄として認知されており、隊の指揮官(駆逐隊司令)が「軍艦」でいうところの艦長と同レベルであった。そのため菊の御紋章もつけられておらず、個別の艦の長は「艦長」ではなく「長」(駆逐艦長)と呼ばれた。
 
三、潜水艦
1905年に新たに制定された艦種で、水中を潜航して(制限はあるが)活動できる艦艇である。最初は潜水艇と呼ばれたが、まもなく改称された。排水量が1千トン以上を「一等潜水艦」、5百トン以上1千トン未満を「二等潜水艦」、それ未満のものを「三等潜水艦」としたが、昭和初期以降は三等潜水艦は建造されることはなかった。駆逐艦と同様に数隻で「隊」(潜水隊)を形成し、これが一つの所轄として認知された。
 
四、砲艦
1897年に制定された艦種で、小型艦ながら強力な砲を装備した艦種である。1千トン以上を「一等砲艦」、それ未満を「二等砲艦」と区別したが、1912年に規定が改正され8百トン以を従来の一等砲艦とし、それ未満の大河川などで使用するものを二等砲艦と呼ぶようにした。大陸方面など外地での日本の権益を保護するため派遣される艦である。なお、太平洋戦争までは外交上の配慮から「軍艦」の中に含められていたが、戦時中の類別改正により「軍艦」から外されている。
 
五、海防艦
第一線から退いた旧式の戦艦や巡洋艦を沿岸防御用に使用する際の艦種であったが、1942年からは小型の専用艦艇も建造され、これは甲型・丙型・丁型と区分された。沿岸防御以外にも輸送船団の護衛や対潜任務など幅広い作戦に使用されている。砲艦と同様に戦前は「軍艦」の中に含められていたが、戦時中に「軍艦」から外された。
 
六、輸送艦
1944年に制定された艦種で、物資の輸送を任務とするが通常の貨物船とは異なり自力(または搭載した小艇)で貨物を揚陸することができる。排水量1千トン以上を「一等輸送艦」、それ未満を「二等輸送艦」と区別されていた。通常の貨物船のようなスタイルの艦は後述の「運送艦」に類別される。
 
七、水雷艇
敵に対して水雷(魚雷)攻撃を行う小艦艇のことで、駆逐艦より小型の艦艇である。120トン以上を「一等水雷艇」、未満を「二等水雷艇」として区別したが、ロンドン条約以降は以前の二等駆逐艦に準ずる大型の水雷艇が生産されるようになり、一等二等の類別は廃止された。
 
八、掃海艇
1920年に制定された艦種で、敷設された機雷を除去するのが任務である。帝国海軍では機雷除去以外に対潜任務も考慮したため爆雷を搭載した艦が建造された。
 
九、駆潜艇
1933年に制定された艦種で、沿岸において潜水艦を攻撃するのが任務となる小型の艦であるが、帝国海軍では操作性の良い駆潜艇を船団護衛や局地防御にも使用した。駆潜艇、敷設艇、掃海艇などは旧来は「特務艇」に類別されていたが、新造艦の大型化や任務の重要性から「特務艇」から分離独立した艦種となった。
 
十、敷設艇
敷設艦と任務は同じであるが艦隊に随伴行動できる大型の敷設艦よりも小型であり、主に沿岸部での機雷敷設に使用される。
 
十一、哨戒艇
1940年に制定された艦種で、港湾警備にあたる艦である。しかし新造艦ではなく旧式化した駆逐艦を利用しており、これらの艦は太平洋戦争直前に大発と呼ばれる大型のボートを搭載し、陸戦隊などの揚陸を行う艦へ改造され太平洋戦争初頭には上陸占領任務にも従事した。1943年に「特務艇」から分離独立した艦種となり戦争後期には新造の哨戒艇も建造された。また、開戦当初に拿捕した外国艦艇(二等駆逐艦や航洋性のある砲艦)なども、哨戒艇に類別され帝国海軍へ編入された物が多い。
 
2,特務艦艇
一、特務艦
直接戦闘行動に関与せず艦隊や基地の支援に従事する艦のうち、大型で航洋性をもった艦の総称。帝国海軍では特務艦艇や後述する雑役船のうち、海軍軍人が指揮する艦船には旭日旗(軍艦旗)を掲げたが、軍人が指揮しない場合は「軍用船旗」が掲げられた。
 
・工作艦
艦隊に随伴し、艦船の修理などを行う艦。そのため艦内には修理に必要な工場設備を有している。帝国海軍では旧式化した戦艦「朝日」を改造して使用していたが、太平洋戦争直前に新造艦「明石」を就役させている。
 
・運送艦
物資や燃料などを輸送する艦。民間の貨物船と同様の船体であるが申し訳程度に武装を施してあることが多い。艦隊運行に必要な燃料(重油・ガソリン等)を運ぶ『給油艦』、石炭を運ぶ『給炭艦』、燃料・石炭を運ぶ『給炭油艦』、弾薬や生活物資、戦闘艦の交換用砲身などを運ぶ『給兵艦』、食料を運ぶ『給糧艦』がある。
 
・砕氷艦
北方海域で氷に閉ざされた海域を啓開するために使用される艦。氷上に舳先を乗り上げ自艦の重みで氷を割って他艦の航路を切り開く。帝国海軍で専用の砕氷艦は「大泊」一隻だけである。
 
・測量艦
航路や海図を製作するための測量や海流調査などを行う艦。そのための機材や調査に従事する技官の居住区を艦内に持つ。また、敵地で強行測量を行う可能性もあるため武装も施されている。
 
・標的艦
艦隊や航空部隊の訓練に使用され砲爆撃訓練の標的となるための艦。演習用砲弾・爆弾に耐えられる装甲を施されている。標的となるだけでなく敵の攻撃を回避するための繰艦訓練にも使用される。また、無線操縦で遠隔操縦される標的艦もある。
 
・練習特務艦
遠洋航海訓練に使用される練習巡洋艦や練習戦艦と異なり、内海(もしくは港内に係留されたまま)で専門学校(機関学校や水雷学校など)の訓練に使用される艦。旧式化して引退した艦などが使用された。
 
二、特務艇
特務艦より小型で、主に内海や港湾内で使用される。また、船体構造も簡易化されたものが多い。
 
・敷設特務艇
敷設艇と同様、内海や前線基地周辺での機雷敷設任務に従事するが、船体構造が漁船形式と簡略化され大量生産性を向上させている。
 
・哨戒特務艇
哨戒艇と同様、内海や港湾の警備にあたるが、船体構造が木造漁船形式となり大量生産向きとなっている。また、戦争末期には敵潜水艦発見のための哨戒線を形成するために使用され、多大な損害を出した。
 
・駆潜特務艇
駆潜艇の任務を補助するために使用される。船体構造は木造漁船形式で大量生産向きである。
 
・掃海特務艇
掃海艇と同様の任務に従事するが、掃海具を曳いて航行する姿は完全に漁船のようである。遠洋航行性が良かったため最前線へも展開し、掃海のみならず哨戒や対潜任務にも従事した。鋼製であるものの船体構造は漁船形式と簡略化されている。
 
・海防艇
戦争末期に本土決戦へ備え急遽設計建造された艦。特攻兵器である「回天」を甲板上に搭載し敵艦隊を迎え撃つのが主任務であるが、「回天」を搭載せずに対潜護衛任務に従事することも想定されていた。鋼製の甲型と木造の乙型がある。なお、一隻も終戦までに完成しなかった。
 
・電纜敷設艇
港湾防御用の管制式水中聴音機雷(九二式機雷)を敷設するための艦。船体構造は商船形式とされ建造費の軽減が図られている。また、対潜任務にも使用されるため爆雷も搭載されていた。
 
・潜水艦母艇
潜水艦母艦と同様に潜水隊への補給を行う艦であるが、船体が小型のため潜水艦母艦の補助的任務に使用されることが多かった。
 
・魚雷艇
小型の高速内火艇で、魚雷数発を装備し敵艦へ肉薄雷撃を行う艦である。小型で軽快な機動性を武器に哨戒、強行偵察、高速輸送などの任務にも従事した。
 
三、雑役船(主要な物のみ掲載)
港湾内で補助的な任務に従事する小艦艇の総称である。もちろん非武装である。各艦固有の乗務員がおらず、港湾勤務の兵士や民間人が作業に合わせて乗務することが多かった。
 
・曳船
俗に言うタグボートで、大型艦が港湾施設に接岸したりドックへの出入りの際に補助する船である。救難船や交通船などと任務を兼ねている場合が多い。
 
・救難船
湾内での艦船事故や故障に対応する船で、船尾にクレーンを搭載する場合が多い。近海に着水した航空機を引き上げるための飛行機救難船もあった。
 
・交通船
湾内や近隣港湾への人員輸送に使用される船。
 
・内火艇
沖に係留された艦船と岸壁の間を連絡するために使用された船。戦艦など大型の艦には自前の内火艇が搭載されていたが、駆逐艦や潜水艦など小型艦には搭載されていないので港湾所属の内火艇がこの任務に就いた。なお、内火艇という名前の由来は機関に内燃機関を使用していたからである。
 
・輸送船等
港湾内での貨物輸送に使用される船。はしけの様な簡易船からちょっとした貨物船なみの物まで幅広い種類がある。運ぶ物によって「飛行機運搬船」「魚雷運搬船」「重油船」「水船」などがあった。また、雑多な貨物を運ぶ「運貨船」という物もあった。
 
・浮船渠
俗に言う浮きドックである。艦船の水面下部分の修理などに使用される。
 
・動力船
工作船や救難船が作業を行うときに動力(コンプレッサーによる高圧空気や発電機による電力)を供給する船。そのためコンプレッサーや発電機を搭載している。
 
・起重機船
荷揚げ設備のない港湾などで、貨物の積み卸しに使用するためのクレーンを搭載した船。
 
・消火船
港湾内での船舶火災に対応するための船。海水を汲み上げ放水するためのポンプを搭載している。
 
・潜水作業船
小型の潜水艇で現在の深海調査船に似た形式の物である(ただし深海までは潜れないが)。西村漁業社が南海の珊瑚採取のために開発したものを海軍が改良した物で数隻が海軍にて使用された。海底の調査や事故で沈没した艦船の調査に使用されている。


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