夕雲型 駆逐艦

"Yuugumo" Class Destroyers


巻雲
駆逐艦「巻雲」(1942年::Photo from Wikimedia Commons)
清霜
駆逐艦「清霜」(1944年)
スペックデータ
排水量:(公)2,520t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油 600t
全長:111.0m
全幅:10.8m 主機:艦本式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.76m
出力:52,000hp
武装:
50口径12.7cm連装砲3基、25mm連装機銃2基、
次発装填付き61cm魚雷4連装発射管2基8門
最大速力:35.0kt
航続距離:18ktで5000浬
乗員定数:225名

同型艦名(19隻)
夕雲"Yuugumo"[Yûgumo]巻雲(2代)"Makigumo(2)"風雲"Kazagumo"
長波"Naganami"巻波"Makinami"高波"Takanami"
大波"Oonami"[Ônami]清波"Kiyonami"玉波"Tamanami"
涼波"Suzunami"藤波"Hujinami"早波"Hayanami"
浜波"Hamanami"沖波"Okinami"岸波"Kisinami"
朝霜"Asasimo"早霜"Hayasimo"秋霜"Akisimo"
清霜"Kiyosimo"  

夕雲型駆逐艦について
 日本海軍は1939年の第5補充計画で十六隻の大型駆逐艦の建造を決めた。最初の五隻(「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「秋雲」)は「陽炎」型を建造しているが、残りの艦については高速試作艦の「島風」を除いた十隻全てが「陽炎」型の改良版である「夕雲」型として建造されている。さらに1941年の戦時急増計画でも「夕雲」型十六隻の建造が計画され、最終的に十九隻の「夕雲」型が建造された(資料によっては「秋雲」を当クラスに含めているものもある)。
 「夕雲」型は「陽炎」型を基本として、船体の延長(速力増加のため)や主砲を最新の物に変更するなどの改良を加えられており、特に主砲は「陽炎」型では仰角55度だったものが仰角75度のD型に変更され対空射撃を意識したものとなっているが、性能はレーダーや近接信管を採用していた米軍艦艇の両用砲に遠くおよばなかった。
 「夕雲」型も「陽炎」型同様、その高性能ゆえ戦時中は常に最前線にあったため終戦時に生き残っていた艦は1隻も無い。
 通常「陽炎」型とこの「夕雲」型をあわせて、駆逐艦(甲)(もしくは甲型駆逐艦)と総称される。

注意!「このページは同型艦が多いため年表を2ページに分けております。このページの一番下に
2ページ目へのリンクを貼ってありますので「岸波」以降の艦についてはそちらをご覧ください。」
夕雲型駆逐艦の歴史
「夕雲」「夕雲」=夕方に立つ雲を指す
1940年 6月12日舞鶴工廠にて起工
1941年 3月16日進水
      12月 5日竣工
1942年 6月機動部隊の直衛としてミッドウェー海戦に参加
       8月第二次ソロモン海戦に参加
      10月南太平洋海戦に参加
1943年 2月ガダルカナル撤収作戦に参加
       7月キスカ島撤収作戦に参加
      10月 6日第二次ベララベラ海戦に参加。米駆逐艦の雷撃を受け沈没
      12月 1日除籍
「巻雲」(2代)「巻雲」=秋の澄んだ空高くに刷毛でさっとはいたような軽く白い雲を指す。
1940年12月23日藤永田造船所にて起工
1941年11月 5日進水
1942年 3月14日竣工
       6月機動部隊の直衛としてミッドウェー海戦に参加
       8月第二次ソロモン海戦に参加
      10月南太平洋海戦に参加。米空母「ホーネット」を撃沈(他艦と共同)
      11月29日ブナ東方にて米軍機の爆撃を受け中破
1943年 1月損傷修理後戦線復帰、ガダルカナル撤収作戦に参加
       2月 1日イサベル島沖海戦に参加。ドーマ礁にて触雷沈没
       3月 1日除籍
「風雲」「風雲」=風が吹き起ころうとする前兆の雲を指す。
1940年12月23日浦賀船渠にて起工
1941年 9月26日進水
1942年 3月28日竣工
       6月機動部隊の直衛としてミッドウェー海戦に参加
       8月第二次ソロモン海戦に参加
      10月南太平洋海戦に参加。
1943年10月第二次ベララベラ海戦に参加
1944年 6月 8日ミンダナオ島沖で米潜水艦「ヘイク」の雷撃を受け沈没
       7月10日除籍
「長波」「長波」=波と波との間隔が長いものを指す。
1941年 4月 5日藤永田造船所にて起工
1942年 3月 5日進水
       6月30日竣工
      10月南太平洋海戦に参加
      11月 7日ガダルカナル増援作戦中に米軍機の攻撃を受け小破
      11月30日ルンガ沖夜戦に参加。戦闘により小破
1943年 3月〜損傷修理後戦線復帰
       7月キスカ撤収作戦に参加
      11月 1日ブーゲンビル島沖海戦に参加
      11月11日第二次ラバウル空襲で大破。本土へ曳航される
1944年 6月〜損傷修理後戦線復帰。マリアナ沖海戦に参加
      10月レイテ沖海戦に参加。大破した重巡「高雄」を曳航して戦線離脱
      11月11日オルモック湾にて米軍機の攻撃を受け沈没
1945年 1月10日除籍
「巻波」「巻波」=渦巻く波や、波頭が内側へ巻き込む様子を指す。
1941年 4月11日舞鶴工廠にて起工
      12月27日進水
1942年 8月18日竣工
      10月南太平洋海戦に参加
      11月30日ルンガ沖夜戦に参加
1943年 2月 1日イサベル島沖海戦に参加。敵機の攻撃を受け大破
駆逐艦「文月」に曳航され戦線離脱
       4月24日損傷修理のため本土へ帰還
       9月〜損傷修理後戦線復帰。輸送任務に従事
      11月25日ブカ輸送作戦中、米駆逐艦と交戦し沈没(セントジョージ岬沖海戦)
1944年 2月10日除籍
「高波」「高波」=文字どおり高い波を指す。
1941年 5月29日浦賀船渠にて起工
1942年 3月16日進水
       8月31日竣工
      10月南太平洋海戦に参加
      11月30日ルンガ沖夜戦に参加。敵艦隊の攻撃を受け沈没
      12月24日除籍
「大波」「大波」=文字どおり大きな波を指す。
1941年11月15日藤永田造船所にて起工
1942年 8月13日進水
      12月29日竣工
1943年 1月トラックへ進出。対潜任務や輸送任務に従事
       4月ラバウルへ進出。船団護衛などに従事
      11月25日ブカ輸送作戦中、米駆逐艦と交戦し沈没(セントジョージ岬沖海戦)
1944年 2月10日除籍
「清波」「清波」=清らかな波という意。
1941年10月15日浦賀船渠にて起工
1942年 8月17日進水
1943年 1月25日竣工
       2月25日〜トラック進出。船団護衛任務に従事
       7月〜ソロモン方面へ進出
       7月13日コロンバンガラ島沖海戦に参加
       7月20日コロンバンガラ輸送作戦中、ベラ湾で敵機の攻撃を受け沈没
      10月15日除籍
「玉波」「玉波」=波の美称。陽光を受けて七色に輝く波の様を表す。
1942年 3月16日藤永田造船所にて起工
      12月26日進水
1943年 4月30日竣工
       7月 8日〜水上機母艦「日進」を護衛してトラックへ進出。各種護衛任務に従事
1944年 5月15日〜タウイタウイへ進出
       6月マリアナ沖海戦に参加
       7月 7日輸送船護衛任務中にマニラ湾南方で米潜水艦「ミンゴ」の雷撃を受け沈没
ちなみに戦後この潜水艦「ミンゴ」は自衛隊に貸与され潜水艦「くろしお」となった
       9月10日除籍
「涼波」「涼波」=あまり用いられないが、澄んで清い波という意である。
1942年 3月27日浦賀船渠にて起工
1943年 3月12日進水
       7月31日竣工
      10月15日トラックへ進出
      11月 5日ラバウルへ進出
      11月11日ラバウル空襲の際、米軍機の攻撃を受け沈没
1944年 1月 5日除籍
「藤波」「藤波」=藤の花房が揺れる様を波に例えたもので、
転じて藤の花そのものを指すこともある。
1942年 8月25日藤永田造船所にて起工
1943年 4月20日進水
       7月31日竣工
      10月15日トラックへ進出
      11月 5日ラバウルへ進出
1944年 5月〜タウイタウイへ進出
       6月19日マリアナ沖海戦に参加
       7月〜各種護衛任務に従事
      10月レイテ沖海戦に参加
      10月27日ミンドロ島沖で米軍機の攻撃を受け沈没
      12月10日除籍
「早波」「早波」=勢いの速い波、激しく打ち寄せる波を指す。
1942年 1月15日舞鶴工廠にて起工
      12月19日進水
1943年 7月31日竣工
      10月15日トラックへ進出
      11月 5日ラバウルへ進出
1944年 4月リンガ泊地へ進出
       5月〜タウイタウイへ進出
       6月 7日シブツ海峡南東方にて米潜水艦「ハーダー」の雷撃を受け沈没
       8月10日除籍
「浜波」「浜波」=浜に寄せる波を指す。
1942年 4月28日舞鶴工廠にて起工
1943年 4月18日進水
      10月15日竣工
      12月25日トラックへ進出
1944年 4月リンガ泊地へ進出
       5月〜タウイタウイへ進出
       6月マリアナ沖海戦に参加
       7月〜陸軍部隊の輸送任務に従事
      10月レイテ沖海戦に参加
      11月11日オルモック輸送作戦に従事中、米軍機の攻撃を受け沈没
1945年 1月10日除籍
「沖波」「沖波」=沖に立つ波を指す。「浜波」と対をなす言葉である。
1942年 8月15日舞鶴工廠にて起工
1943年 7月18日進水
      12月10日竣工
1944年 2月〜サイパン方面に進出。護衛任務に従事
       5月〜タウイタウイ方面に進出
       6月マリアナ沖海戦に参加
      10月レイテ沖海戦に参加
      11月13日マニラ湾にて米軍機の攻撃を受け沈没
1945年 1月10日除籍

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