橘(2代)型 駆逐艦

"Tatibana(2)" Class Destroyers


萩
駆逐艦「萩」(1945年)
初桜
駆逐艦「初櫻」(1945年8月27日撮影)
スペックデータ
排水量:(公)1,580t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油 370t
全長:92.15m
全幅:9.35m 主機:艦本式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.37m
出力:19,000hp
武装:
40口径12.7cm連装高角砲1基、40口径12.7cm単装高角砲1基、
25mm3連装機銃4基、25mm単装機銃12基、
61cm魚雷4連装発射管1基4門
最大速力:27.8kt
航続距離:18ktで3500浬
乗員定数:211名

同型艦名(23隻:背景が灰色のものは未竣工)
橘(2代)"Tatibana(2)"八重櫻"Yaezakura"矢竹"Yadake"
葛"Kuzu"柿(2代)"Kaki(2)"樺(2代)"Kaba(2)"
桂(2代)"Katura(2)"若櫻"Wakazakura"蔦(2代)"Tuta(2)"
萩(2代)"Hagi(2)"菫(2代)"Sumire(2)"楠(2代)"Kusunoki(2)"
初櫻"Hatuzakura"楡(2代)"Nire(2)"梨(2代)"Nasi(2)"
椎"Sii"榎(2代)"Enoki(2)"梓"Azusa"
雄竹"Odake"初梅"Hatuume"栃"Toti"
菱(2代)"Hisi(2)"榊(2代)"Sakaki(2)" 

橘(2代)型駆逐艦について
 戦時急造艦である「松」型をさらに工期短縮出来るよう設計改良した艦で、改「松」型(「松」型改や改丁型などの呼称としていることもある)と分類している資料が多いが、当ページでは別型として掲載した。
 「松」型より工事の簡略化を目指してブロック工法や溶接構造を採用し、また重量増加には目をつぶって特殊鋼を全廃し高張力鋼のみで建造されている。さらに建造工事の手間を省くため「松」型以上に直線的な船体のデザインとなっている。
 また戦訓や運用の実状を盛り込んで対空兵装などの増強を行い、搭載内火艇(連絡用の小型艇)を廃止し代わりに小型の特型運貨艇(俗に小発と呼ばれる)を搭載するようになっている。
 簡易化・省力化のおかげで、起工から竣工までを約半年というスピードで行えるようになったが、日本海軍が艦隊や船団を行動させることができない状況となっていたため、竣工した艦も大半は活躍することなく終戦を迎えている。
 計画では全部で二十三隻の建造が予定されていたが、戦局の悪化と終戦のため建造途中で工事中止となった艦も多く、結局終戦までに十四隻が完成しただけだった。(当サイトでは建造計画された全艦を掲載した)

橘(2代)型駆逐艦の歴史
「橘」(2代)「橘」=食用柑橘類の総称。また古くから名門家の姓としても使用された言葉である
1944年 7月 8日横須賀工廠にて起工
      10月14日進水
1945年 1月20日竣工
       4月〜慣熟訓練後、内海で「回天」訓練を支援
       5月〜大湊警備府へ転属。津軽海峡で対潜警戒任務に従事
       7月14日函館湾にて米艦載機の攻撃を受け沈没
       8月10日除籍
「八重櫻」「八重櫻」=重弁の咲く桜の一種。普通の桜より開花時期は遅い
1944年12月18日横須賀工廠にて起工
1945年 3月17日進水
       6月23日工事中止命令のため工事中止。横須賀港に係留される
       7月28日米軍機の空襲を受け沈没。戦後解体処分
「矢竹」「矢竹」=竹の一種で矢を作るときに用いられることからこの名が付いた
1945年 1月 2日横須賀工廠にて起工
       4月17日工事中止命令のため工事中止
       5月船台を空けるために引き下ろし。船体は八丈島の防波堤として使用
「葛」「葛」=マメ科の蔓性草本。根からは漢方薬やくず粉が取れる
1945年 3月20日横須賀工廠にて起工
       4月17日工事中止命令のため工事中止
 後に解体される。本艦が日本海軍として最後に起工された艦である
「柿」(2代)「柿」=カキ科の落葉樹。果実は食用となり、木材は建築用などに使用される
1944年10月 5日横須賀工廠にて起工
      12月11日進水
       3月 5日竣工
       3月15日瀬戸内海へ回航中、機関配管の破裂事故をおこし航行不能となる
駆逐艦「萩」に曳航され、藤永田造船所へ入渠する
       3月19日米艦載機の空襲を受け、船体に軽微な損傷を負う
       4月〜修理完了後、内海で待機。訓練などを行う
       5月〜舞鶴へ移動。同年7月舞鶴鎮守府の特殊警備艦となる
       8月15日小浜湾にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 7月 4日戦時賠償艦としてアメリカへ引き渡し
       8月19日黄海にて実艦標的として使用され沈没
「樺」(2代)「樺」=シラカバの別称。木材は脂を多く含むので薪として最適である
1944年10月15日藤永田造船所にて起工
1945年 2月27日進水
       5月29日竣工
       6月慣熟訓練中、瀬戸内海にて触雷、軽微な損傷を負う
       7月24日米艦載機の攻撃を受け損傷を負う
       8月15日呉にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 8月 4日戦時賠償艦としてアメリカに引き渡し。国内で売却され解体処分
「桂」(2代)「桂」=カツラ科の落葉樹。木材は腐食しにくく建材や船材として使用される
1944年11月30日藤永田造船所にて起工
1945年 6月23日進水。同日工事中止命令のため工事中止
 船体は小名浜港の防波堤として使用。本艦が日本海軍最後の進水艦である
「若櫻」「若櫻」=若木の桜
1945年 1月15日藤永田造船所にて起工
       5月11日建造中止命令のため建造中止
「蔦」(2代)「蔦」=ブドウ科の多年生落葉の蔓植物
1944年 7月31日横須賀工廠にて起工
      11月 2日進水
1945年 2月 8日竣工
       4月〜内海で訓練任務に従事。敵機との対空戦闘を行う
       6月「回天」搭載艦への改装を実施
       8月15日屋代島(山口県)にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 7月31日戦時賠償艦として中華民国へ引き渡し。中華民国艦「華陽」[HuaYang]と改名
1949年 5月国民党軍の本土脱出により台湾(馬公市)へ回航するも機関不調により放置
1950年除籍。船体は解体・部品取りに使用される
「萩」(2代)「萩」=マメ科の低木、ハギ属の総称。秋の七草の一つ
1944年 9月11日横須賀工廠にて起工
      11月27日進水
1945年 3月 1日竣工
       3月15日故障のため航行不能となった「柿」を曳航する
       7月24日山口県祝島南方で敵機の攻撃を受け小破
       8月15日呉にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 7月16日戦時賠償艦としてイギリスに引き渡し。後に解体処分
「菫」(2代)「菫」=スミレ科の多年草。春に濃紫色の花をつける
1944年10月21日横須賀工廠にて起工
      12月17日進水
1945年 3月26日竣工
       4月〜内海で訓練任務に従事
       5月〜舞鶴へ移動。同年7月舞鶴鎮守府の特殊警備艦となる
       8月15日舞鶴にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 8月20日戦時賠償艦としてイギリスに引き渡し
同年シンガポール沖にて標的艦として使用され沈没
「楠」(2代)「楠」=クスノキ科の常緑樹。木材は建材として使用でき、また樟脳が取れる
1944年11月 9日横須賀工廠にて起工
1945年 1月 8日進水
       4月28日竣工
       5月中旬〜慣熟訓練中、内海で対空戦闘などに従事
       5月下旬〜舞鶴へ移動。同年7月舞鶴鎮守府の特殊警備艦となる
       8月15日舞鶴にて終戦を迎える
     10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 7月16日戦時賠償艦としてイギリスに引き渡し。後に解体処分
「初櫻」「初櫻」=その年に初めて咲いた桜の花を指す
1944年12月14日横須賀工廠にて起工
1945年 2月10日進水
       5月28日竣工
       6月横須賀鎮守府へ編入されるが、待機となる
       8月15日横須賀にて終戦を迎える
       8月27日相模湾に集結した連合軍艦隊への連絡任務に派遣される
       9月15日除籍。復員船として使用される
1947年 7月29日戦時賠償艦としてソ連に引き渡し。艦名を「ヴェートレンヌイ」[Ветреный]と改名
      10月22日艦名を「ヴィラジーテルヌイ」[Выразительный]と改名
1949年 3月標的艦に類別変更
       6月17日艦名を「TsL−26」と改名
1959年 2月19日ソビエト海軍除籍。後に解体処分
「楡」(2代)「楡」=ニレ科の落葉樹の総称。木材は堅く建材などに使用される
1944年 8月14日舞鶴工廠にて起工
      11月25日進水
1945年 1月31日竣工
       6月22日呉にて空襲を受け中破。7月まで修理を行う。乗員は「樺」に転属
       8月15日乗員なしのまま呉にて終戦を迎える
      10月15日除籍。呉で浮き桟橋として使用される
1948年 1月解体処分となる
「梨」(2代)「梨」=バラ科の落葉樹。実は食用となる。
1944年 9月 1日神戸川崎造船所にて起工
1945年 1月17日進水
       3月15日竣工
 内海にて訓練任務に従事
       7月28日平郡島(山口県)沖にて敵機の攻撃を受け沈没
       9月15日除籍
1954年 9月引き揚げを実施。調査の結果再利用可能との判断がされたため、防衛庁が購入
1955年 9月〜改修工事を実施。完了は56年5月末(この時点では兵装未搭載)
1958年 3月26日兵装を搭載のうえ海上自衛隊の護衛艦「わかば」として再就役
1971年 3月31日海上自衛隊艦籍を除籍。後に解体処分
「椎」「椎」=ブナ科の常緑樹。木材は建材などに使用される他、椎茸の原木として使用
1944年 9月18日舞鶴工廠にて起工
1945年 1月13日進水
       3月13日竣工
       5月〜内海で訓練任務に従事
       6月 5日豊後水道にて訓練中に触雷、軽微な損傷を負う
       7月24日平生(山口県)沖にて訓練中、米軍機と交戦する
       8月15日呉にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 7月 5日戦時賠償艦としてソ連に引き渡し。艦名を「ヴォーリヌイ」[Вольный]と改名
1949年 3月標的艦に類別変更。艦名を「TsL−24」と改名
1959年11月ソビエト海軍除籍。後に解体処分
「榎」(2代)「榎」=ニレ科の落葉樹。木材は薪炭に使用する
1944年10月14日舞鶴工廠にて起工
1945年 1月27日進水
       3月31日竣工
       4月〜内海にて訓練任務に従事
       6月26日小浜灯台沖で触雷、大破着底
       9月30日除籍。後に解体処分される
「梓」「梓」=カバノキ科の落葉樹。ヨグソミネバリの別称
1944年12月29日横須賀工廠にて起工
1945年 4月17日工事中止命令のため工事中止
「雄竹」「雄竹」=マダケなどのように壮大な感じの竹
1944年11月 5日舞鶴工廠にて起工
1945年 3月10日進水
       5月15日竣工
       5月下旬〜舞鶴へ移動。同年7月舞鶴鎮守府の特殊警備艦となる
       8月15日舞鶴にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 7月 4日戦時賠償艦としてアメリカへ引き渡し
       9月17日黄海にて実艦標的として使用され沈没
「初梅」「初梅」=その年初めて開いた梅の花
1944年12月 8日舞鶴工廠にて起工
1945年 4月25日進水
       6月18日竣工。日本海軍駆逐艦として最後の竣工艦
       7月30日駆逐艦「榎」を救助中、敵機の攻撃を受け損傷
       8月15日舞鶴にて終戦を迎える
      10月 5日除籍。復員船として使用される
1947年 7月 6日戦時賠償艦として中華民国へ引き渡し。中華民国艦「信陽」[XinYang]と改名
1949年 4月国民党軍の本土脱出により台湾へ回航
1955年主兵装をアメリカ式に換装する改修を実施
1950年代末金門島周辺で哨戒任務に従事
1961年12月 1日台湾海軍除籍。後に解体処分
「栃」「栃」=トチノキ科の落葉樹。街路樹や庭木としてよく使われる
1944年末?舞鶴工廠にて起工
1945年 5月18日工事中止命令のため工事中止
       5月28日船台を空けるため未成状態で進水
戦後、船体は秋田港の防波堤として使用される
1975年港の改修工事に際し撤去される
「菱」(2代)「菱」=ヒシ科の一年生水草。種子は食用となる
1945年 2月10日舞鶴工廠にて起工
       4月17日工事中止命令のため工事中止
「榊」(2代)「榊」=ツバキ科の常緑樹。古来より神木として枝木を神前に供える
1944年12月29日横須賀工廠にて起工
1945年 4月17日工事中止命令のため工事中止


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