白露(2代)型 駆逐艦

"Siratuyu(2)" Class Destroyers


夕立(2代)
駆逐艦「夕立」(1936年:Photo from Wikimedia Commons)
海風(2代)
駆逐艦「海風」(1937年)
スペックデータ
排水量:(公)1,980t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油 540t
全長:103.5m
全幅:9.90m 主機:艦本式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.50m
出力:42,000hp
武装:
50口径12.7cm連装砲2基、50口径12.7cm単装砲1基、
40mm単装機銃1基、次発装填付き61cm魚雷4連装発射管2基8門
最大速力:34.0kt
航続距離:18ktで4000浬
乗員定数:226名

同型艦名(10隻)
白露(2代)"Siratuyu(2)"時雨(2代)"Sigure(2)"村雨(2代)"Murasame(2)"
夕立(2代)"Yuudati(2)"[Yûdati(2)]春雨(2代)"Harusame(2)"五月雨"Samidare"
海風(2代)"Umikaze(2)"山風(2代)"Yamakaze(2)"江風(3代)"Kawakaze(3)"
涼風"Suzukaze"  

白露(2代)型駆逐艦について
 先に建造した「初春」型駆逐艦が過剰武装のための重心上昇により改修工事が必要となったので、当初十二隻建造予定であった「初春」型は六隻で建造を打ち切って、残りは別設計の駆逐艦を建造することとし、「初春」型の拡大改良型とも言える「白露」型の建造が行われた。
 改修後の「初春」型に準じた武装が施されていたが、主砲塔は新設計のC型を採用し最大仰角が小さくなった代わりに砲塔の軽量化がはかられている。また魚雷発射管が三連装から四連装に変更され、しかも次発装填装置が採用されたために水雷能力は特型駆逐艦の倍近くにもなっている。
 また第四艦隊事件の教訓から船体の強度・安定性にも注意が払われており、航続距離は短いものの洗練された設計となっている。
 「初春」型の代わりとして六隻が建造された後、新規計画で十四隻の建造が計画されたが、中型駆逐艦では戦力不足であるという意見から、予定されていたうち四隻が建造されたのみで残り十隻はキャンセルされ、大型駆逐艦「朝潮」型の建造へと変更された。
 なお二番艦「時雨」は太平洋戦争開戦時から主要な各作戦に参加しながら、無事生還を果たしており駆逐艦「雪風」とともに運に恵まれた艦として名をあげていたが、終戦七ヶ月前の昭和20年1月に戦没した。当クラスは全艦が戦場に散ってしまっている。

白露(2代)型駆逐艦の歴史
「白露」(2代)「白露」=草木に降りた露が白く見えることから
生じた言葉で、露の美称として使用される
1933年11月14日>佐世保工廠にて起工
1935年 4月 5日進水
1936年 8月20日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第27駆逐隊に所属し主力部隊護衛等に従事
1942年 5月珊瑚海海戦に参加
      6月ミッドウェー攻略作戦に参加。主力部隊の護衛にあたる
      9月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦、第三次ソロモン海戦等に参加
     11月29日ブナ東方にて敵機の攻撃を受け大破。翌年7月まで修理を行う
1943年11月 1日ブーゲンビル島沖海戦に参加。駆逐艦「五月雨」と衝突し中破
1944年 6月 8日ビアク島沖海戦に参加。米水上部隊の攻撃により損傷
      6月15日ミンダナオ島北東にて油槽船「清洋丸」と衝突事故。爆雷の誘爆により沈没
      8月10日除籍
「時雨」(2代)「時雨」=通り雨のこと。とくに秋から冬にかけての
時期に降る通り雨を指す言葉である
1933年12月 9日浦賀船渠にて起工
1935年 5月18日進水
1936年 9月 7日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第27駆逐隊に所属し主力部隊護衛等に従事
1942年 5月珊瑚海海戦に参加
      6月ミッドウェー攻略作戦に参加。主力部隊の護衛にあたる
      9月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦、第三次ソロモン海戦等に参加
1943年ベラ湾海戦(8月)、第二次ベララベラ海戦(10月)、ブーゲンビル島沖
海戦(11月)などに参加。僚艦が戦没するなか生還を果たす
1944年ビアク島沖海戦、マリアナ沖海戦(6月)、レイテ沖海戦(10月)に参加。レイテ沖
海戦では西村艦隊に所属しスリガオ湾へ突入した艦のうち唯一生還した艦となった
1945年 1月24日マレー半島東方にて米潜水艦「ブラックフィン」の攻撃を受け沈没
      3月10日除籍
「村雨」(2代)「村雨」=ひとしきり強く降っては止み、止んでは降る雨のこと
「村」の字は当て字であり、語源では「群れ」という意味が強い
1934年 2月 1日藤永田造船所にて起工
1935年 6月20日進水
1937年 1月 7日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第2駆逐隊に所属しフィリピン・ボルネオ方面で作戦に従事
1942年 6月ミッドウェー攻略作戦に参加。攻略部隊の護衛にあたる
      9月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦、第三次ソロモン海戦等に参加
第三次ソロモン海戦では敵艦隊の砲撃をうけ小破
1943年 3月 5日ヴィラ・スタンモーア沖夜戦(米軍呼称)に参加。敵駆逐艦隊の雷撃を受け沈没
      4月 1日除籍
「夕立」(2代)「夕立」=夏の午後、不意に襲ってくる激しいにわか雨のこと
1934年10月16日佐世保工廠にて起工
1936年 6月21日進水
1937年 1月 7日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第2駆逐隊に所属しフィリピン・ボルネオ方面で作戦に従事
1942年 6月ミッドウェー攻略作戦に参加。攻略部隊の護衛にあたる
     11月12日第三次ソロモン海戦にて米艦隊の砲撃を受け大破。翌日沈没
     12月15日除籍
「春雨」(2代)「春雨」=木々の若芽が出る頃に降る春の雨のこと
1935年 2月 3日舞鶴工廠にて起工
      9月21日進水
1937年 8月25日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第2駆逐隊に所属しフィリピン・ボルネオ方面で作戦に従事
1942年 6月ミッドウェー攻略作戦に参加。攻略部隊の護衛にあたる
      9月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦、第三次ソロモン海戦等に参加
1943年 1月24日ウェワク沖にて米潜「ワフー」の雷撃を受け大破
1944年 1月〜修理完了後は、護衛任務などに従事
      6月 8日渾作戦(ビアク島への兵員輸送任務)に従事中、敵機の攻撃を受け沈没
      8月10日除籍
「五月雨」「五月雨」=陰暦5月頃に降る長雨。梅雨の雨を指す
1934年12月19日浦賀船渠にて起工
1935年 7月 6日進水
1937年 1月29日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第2駆逐隊に所属しフィリピン・ボルネオ方面で作戦に従事
1942年 6月ミッドウェー攻略作戦に参加。攻略部隊の護衛にあたる
      9月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦、第三次ソロモン海戦等に参加
1943年 7月アリューシャン方面へ転戦。キスカ撤収作戦に従事
     11月ブーゲンビル島沖海戦に参加。駆逐艦「白露」と衝突し大破。翌年まで修理を行う
1944年 6月マリアナ沖海戦に参加
      8月18日パラオ近海で座礁し艦内に火災を生じる
      8月26日パラオ北方にて米潜水艦「バットフィッシュ」の雷撃を受け沈没
     10月10日除籍
「海風」(2代)「海風」=海から吹く風や海の風を指す
1935年 5月 4日舞鶴工廠にて起工
1936年 2月21日進水
1937年 5月31日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第24駆逐隊に所属しフィリピン方面にて作戦に従事
1942年スラバヤ沖海戦(2月)、ミッドウェー攻略作戦(6月)に参加
      8月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦に参加
     10月南太平洋海戦に参加
     11月18日ブナ輸送任務中に敵機の攻撃をうけ大破。駆逐艦「朝潮」に曳航されラバウルへ帰投
翌年2月まで修理を行う
1943年 3月修理完了後戦線へ復帰。各種護衛・輸送任務に従事
     11月11日ラバウルにて米軍機の攻撃を受け中破
1944年 2月 1日トラック島南方にて米潜水艦「ガードフィッシュ」の雷撃を受け沈没
      3月31日除籍
「山風」(2代)「山風」=山から吹く風や山の中を吹く風を指す
1935年 5月25日浦賀船渠にて起工
1936年 2月21日進水
1937年 6月30日竣工
1941年 2月 3日訓練中に駆逐艦「涼風」と衝突事故。艦首部を中破する
1941年12月太平洋戦争に参加。第24駆逐隊に所属しフィリピン方面にて作戦に従事
1942年 1月12日タラカン島沖にて蘭敷設艦「プリンス・ファン・オランニュ」を撃沈(共同)
      2月〜スラバヤ沖海戦(2月)、ミッドウェー攻略作戦(6月)に参加
      6月23日房総半島沖にて米潜水艦「ノーチラス」の雷撃を受け沈没
      8月20日除籍
「江風」(3代)「江風」=川を吹き渡る風や川から吹いてくる風を指す
1935年 4月25日藤永田造船所にて起工
1936年11月 1日進水
1937年 4月30日竣工
1941年12月太平洋戦争に参加。第24駆逐隊に所属しフィリピン方面にて作戦に従事
1942年スラバヤ沖海戦(2月)、ミッドウェー攻略作戦(6月)に参加
      8月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦に参加
     10月〜南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦、ルンガ沖夜戦などに参加
1943年 2月 9日ラバウル回航中に「東運丸」と衝突損傷。5月まで佐世保にて修理を受ける
      8月 6日ベラ湾夜戦にて米駆逐艦(「スタック」「スタレット」)の砲雷撃を受け沈没
     10月15日除籍
「涼風」「涼風」=初秋のころの涼しい風を指す
1935年 7月 9日浦賀船渠にて起工
1937年 3月11日進水
      8月31日竣工
1941年 2月 3日訓練中に駆逐艦「山風」と衝突損傷
     12月太平洋戦争に参加。第24駆逐隊に所属しフィリピン方面にて作戦に従事
1942年スラバヤ沖海戦(2月)、ミッドウェー攻略作戦(6月)に参加
      8月ソロモン方面へ転戦。ガダルカナル増援作戦に参加
     10月〜南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦、ルンガ沖夜戦などに参加
1943年 1月 2日ショートランド島付近で敵機の攻撃を受け損傷。5月まで佐世保にて修理
      7月 6日クラ湾夜戦に参加
1944年 1月25日ポナペ島北西にて米潜水艦「スキップジャック」の攻撃を受け沈没
      3月10日除籍


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