東雲(初代)型 駆逐艦

"Sinonome(1)" Class Destroyers


東雲
駆逐艦「東雲」(1900年前後)
スペックデータ
排水量:(常)322t ボイラー:ソーニクロフト罐・石炭専焼×3基 燃料搭載量:石炭 80t
全長:63.40m
全幅:5.96m 主機:直立型往復動蒸気機関(4気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:1.59m
出力:5,400hp
武装:
40口径7.6cm単装砲2基、40口径5.7cm単装砲4基、
45cm魚雷単装発射管2基2門
最大速力:30.0kt
航続距離:不明
乗員定数:58名

同型艦名(6隻)
東雲(初代)"Sinonome(1)"叢雲(初代)"Murakumo(1)"夕霧(初代)"Yuugiri(1)"[Yûgiri(1)]
不知火(初代)"Siranui(1)"陽炎(初代)"Kagerou(1)"[Kagerô(1)]薄雲(初代)"Usugumo(1)"

東雲(初代)型駆逐艦について
 1896年度(明治29年度)の第一期拡張計画で「雷」型と同時に建造された駆逐艦。「雷」型はイギリスのヤーロー社製だったが、こちらはイギリスのソーニクロフト社製である。
 「雷」型と比べてやや小型で速度も遅いが、武装は同等のものを搭載している。ヤーロー社製の艦よりも缶数が少ないため、煙突の数が二本と少なくなっている点が両型の大きな識別点である。
 ヤーロー社製、ソーニクロフト社製ともに六隻ずつが調達され、後に二隻ずつ追加調達した「暁」型「白雲」型を加えた計十六隻が日本最初の駆逐艦群であり、日露戦争時の駆逐艦主力であった。
 種別・類別の変遷は「雷」型と同様で、全艦(事故で喪われた艦を除く)が大正期に除籍・廃船となった経緯もまた同様だった。

駆逐艦 東雲(初代)型の歴史
「東雲」(初代)「東雲」=気象・天候を指す言葉。夜明けの薄明かりを指す
暁や曙とほぼ同意である。
1899年 2月 1日イギリスのソーニクロフト社で竣工。日本へ回航
       4月 1日横須賀に到着
1900年 6月22日駆逐艦に類別
1904年第一艦隊に所属し、日露戦争に参加
       2月 8日〜旅順港閉塞作戦に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1913年 7月20日台湾近海で座礁。同月23日船体破断のため沈没
       8月 6日除籍
      11月29日沈没状態のまま売却。除籍年不明
「叢雲」(初代)「叢雲」=気象・天候を指す言葉。群がり立つ雲を指す。
1898年12月29日イギリスのソーニクロフト社で竣工。日本へ回航
1899年 4月23日横須賀に到着
1900年 6月22日駆逐艦に類別
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1919年 4月 1日雑役船(潜水艇母船兼掃海船)に類別。艦名を「叢雲丸」と改称
1920年 7月 1日特務艇(掃海艇)に類別。艦名を「叢雲」に戻す
1922年 4月 1日雑役船(標的船)に類別
1925年 3月23日廃船。同年6月千葉県沖で実艦標的として使用され沈没
「夕霧」(初代)「夕霧」=気象・天候を指す言葉。夕方に発生する霧を指す。
1899年 3月10日イギリスのソーニクロフト社で竣工。日本へ回航
       6月22日横須賀に到着
1900年 6月22日駆逐艦に類別
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1919年 4月 1日(8月1日説あり)雑役船(潜水艇母船兼掃海船)に類別。艦名を「夕霧丸」と改称
1920年 7月 1日特務艇(掃海艇)に類別。艦名を「夕霧」に戻す
1922年 4月 1日雑役船(標的船)に類別
1924年 3月14日廃船
「不知火」(初代)「不知火」=一種の蜃気楼現象である。九州は
八代海で古来から見られる発光現象。
1899年 5月13日イギリスのソーニクロフト社で竣工。日本へ回航
      11月10日横須賀に到着
1900年 6月22日駆逐艦に類別
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1922年 4月 1日特務艇(掃海艇)に類別
1923年 8月 1日雑役船(運貨船)に類別。艦名を「公称第2625号」と改称
1925年 2月25日廃船
「陽炎」(初代)「陽炎」=熱せられた空気が上昇するため、光が通過する際に
不規則に屈折しちらちらとゆらめいて見える現象を指す
1899年10月31日イギリスのソーニクロフト社で竣工。日本へ回航
1900年 3月14日佐世保に到着
       6月22日駆逐艦に類別
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
       5月28日ロシア駆逐艦「ベドウイ」(後に「皐月」となる)を拿捕
座乗の司令長官ロジェストヴェンスキー中将を捕虜とする
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1922年 4月 1日雑役船(曳船兼交通船)に類別
1924年10月 8日廃船
「薄雲」(初代)「薄雲」=気象・天候を指す言葉。薄くたなびいた雲を指す
1900年 2月 1日イギリスのソーニクロフト社で竣工。日本へ回航
       5月14日鹿児島に到着
       6月22日駆逐艦に類別
1904年第一艦隊に所属し、日露戦争に参加
       2月 8日〜旅順港閉塞作戦に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1922年 4月 1日特務艇(掃海艇)に類別
1922年 4月 1日雑役船(運貨船)に類別。艦名を「公称第2525号」と改称
1925年 2月25日廃船。同年4月伊豆大島沖にて実艦標的として使用され沈没


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