敷波(初代)型 駆逐艦

"Sikinami(1)" Class Destroyers
("Гайдамак"[Gaydamak] and "Всадник"[Vsadnik])



Vsadnik
ロシア海軍時代の水雷巡洋艦「ブサドニク」(撮影時期不明)
敷波
日本海軍編入後の駆逐艦「敷波」(1910年前後:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ
排水量:(常)400t ボイラー:宮原罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 90t
全長:58.0m
全幅:7.4m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.4m
出力:3,000hp
武装:
4.7cm単装砲6基、37mm単装砲3基、
45cm魚雷単装発射管2基2門
最大速力:22.0kt
航続距離:10ktで1,650浬
乗員定数:64名

同型艦名(2隻)
敷波(初代)"Sikinami(1)"巻雲(初代)"Makigumo(1)"

敷波(初代)型駆逐艦について
 元はロシア海軍太平洋艦隊所属の水雷砲艦(ロシア海軍での類別は[Минный крейсер]で、日本語に訳すと水雷巡洋艦となる。両艦とも「カザルスキー」[Казарский]型水雷巡洋艦の姉妹艦である)「ガイダマーク」[Гайдамак]および「ブサドニク」[Всадник]であるが、日本軍が旅順港を占領した際に捕獲され、戦後日本海軍へ編入された。
 日本海軍では船体のサイズから駆逐艦に類別されたが、速度が遅く駆逐艦としての使用には耐えられなかったため、艦隊第一線での現役期間は短く、雑役船に類別後まもなく廃船となってしまっている。

敷波(初代)型駆逐艦の歴史
「敷波」(初代)「敷波」=しきりにうち寄せる波を指す言葉
ちなみに「しきなみぐさ」とはススキの異名である
1892年ロシアのクリクトン造船所にて起工
1893年進水。ロシア海軍水雷巡洋艦「ガイダマーク」と命名
1894年竣工。ロシア太平洋艦隊に配備
1904年日露戦争に参加。旅順港(ポートアーサー)を拠点に活動
      12月20日旅順陥落直前に港内で自沈
1905年 1月 1日旅順港を占領した日本軍に捕獲。同年8月引き揚げ
      10月31日艦名を「敷波」と改称
      12月12日日本海軍に編入され、駆逐艦に類別される
1913年 4月 1日除籍
1914年 8月23日雑役船(掃海船)に類別。「敷波丸」と改名
1915年 6月28日廃船
「巻雲」(初代)「巻雲」=秋の空に浮かぶ、刷毛でさっとはいたような雲を指す
1892年ロシアのクリクトン造船所にて起工
1893年進水。ロシア海軍水雷巡洋艦「ブサドニク」と命名
1894年竣工。ロシア太平洋艦隊に配備
1904年日露戦争に参加。旅順港(ポートアーサー)を拠点に活動
      12月 2日旅順陥落直前に港内で自沈
1905年 1月 1日旅順港を占領した日本軍に捕獲。同年8月引き揚げ
      10月31日艦名を「巻雲」と改称
      12月12日日本海軍に編入され、駆逐艦に類別される
1913年 4月 1日除籍
1914年 8月23日雑役船(掃海船)に類別。「巻雲丸」と改名
1915年 6月28日廃船


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「ブサドニク」の写真はロシアのVseslav氏から提供を受けました。