峯風型 駆逐艦

"Minekaze" Class Destroyers


秋風
駆逐艦「秋風」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(常)1,345t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油 395t
全長:97.54m
全幅:8.92m 主機:三菱・パーソンス式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.90m
出力:38,500hp
武装:
45口径12cm単装砲4基、6.5mm単装機銃2基、
53cm魚雷連装発射管3基6門、1号機雷16個
最大速力:39.0kt
航続距離:14ktで3600浬
乗員定数:154名

同型艦名(12隻)
峯風"Minekaze"沢風"Sawakaze"沖風"Okikaze"
島風(初代)"Simakaze(1)"灘風"Nadakaze"矢風"Yakaze"
羽風"Hakaze"汐風"Siokaze"秋風"Akikaze"
夕風"Yuukaze"[Yûkaze]太刀風"Tatikaze"帆風"Hokaze"

峯風型駆逐艦について
 八八艦隊計画時代になって、大型の一等駆逐艦を大量に建造して戦力増強をはかることが要望されるようになってきた。そこで日本海軍は「江風」型以降久しぶりに一等駆逐艦の建造をすることを決定、この「峯風」型が建造された。
 「峯風」型は同時期に建造された二等駆逐艦「樅」型同様の純日本的な設計の艦で、艦橋前部のウェルデッキに設置した魚雷発射管などは「樅」型と同様の配置となっており、基本的には「樅」型の拡大版的な艦となっている。
 また高速化する敵主力艦を追撃する必要から、更に高速化をめざした大出力機関が搭載されており39ノットという高速を発揮するようになっている。特に四番艦「島風」は竣工前の全力公試運転の際に40.698ノットの記録を出している。
 大正から昭和初期にかけて艦隊駆逐艦として水雷戦隊の主力となっていたが、高性能な特型駆逐艦が就役するようになると第一線を退き、船団護衛や航空母艦随伴の救助任務(俗に言うトンボ釣り)などに従事するようになっている。

峯風型駆逐艦の歴史
「峯風」「峯風」=山の峰に吹く風を指す
1918年 4月20日舞鶴工廠にて起工
1919年 2月 8日進水
1920年 5月29日竣工
1932年上海事変に際し、中国沿岸域での作戦に従事
1937年〜日中戦争に際し、華北沿岸などで作戦に従事
1941年12月太平洋戦争に参加。鎮守府警備や哨戒護衛任務に従事
1942年 9月〜本土〜南洋方面、東シナ海方面間の船団護衛に従事
1944年 2月10日台湾沖にて米潜水艦「ポーギー」の雷撃を受け沈没
       3月31日除籍
「沢風」「沢風」=沢に吹く風を指す
1918年 1月 7日三菱長崎造船所にて起工
1919年 1月 7日進水
1920年 3月16日竣工
1930年11月〜第一航空戦隊に編入。空母「赤城」の直衛艦として救助任務などに従事
1932年上海事変に際し、中国沿岸域での作戦に従事
1935年館山航空隊の練習艦となる
1938年12月予備艦に編入(館山航空隊の練習任務は継続)
1939年11月横須賀鎮守府へ転属。練習駆逐艦となる
1941年 9月館山航空隊へ転属。訓練任務に従事
1942年 3月〜太平洋戦争に参加。東京湾口で対潜哨戒に従事
       4月17日御蔵島沖でソビエト船「セルゲイ・キーロフ」を拿捕
1943年本土近海での船団護衛などに従事
1944年 2月〜紀伊半島方面での対潜哨戒、船団護衛などに従事
      12月18日〜対潜学校練習艦として使用される
1945年 2月〜対潜実験艦への改装工事を実施(完了は同年3月)
       5月〜特攻隊の練習標的艦として訓練任務に従事
       8月15日横須賀にて終戦を迎える
1945年 9月15日除籍。船体は福井県小名浜港の防波堤として利用される
「沖風」「沖風」=沖を吹く風を指す
1919年 2月22日舞鶴工廠にて起工
      10月 3日進水
1920年 8月17日竣工
1930年11月〜第一航空戦隊に編入。空母「赤城」の直衛艦として救助任務などに従事
1932年上海事変に際し、中国沿岸域での作戦に従事
1941年10月〜大湊警備府へ転属。開戦後は北方海域の哨戒に従事
1942年 4月〜横須賀鎮守府へ転属。東京湾口で対潜哨戒、船団護衛などに従事
1943年 1月10日勝浦沖にて米潜水艦「トリガー」の雷撃を受け沈没
       3月 1日除籍
「島風」(初代)「島風」=島から吹く風、または島へ吹く風を指す
1919年 9月 5日舞鶴工廠にて起工
1920年 3月31日進水
      11月15日竣工
1928年10月11日浦賀水道で演習中、「夕風」と衝突事故をおこし大破
1937年〜日中戦争に際し、華中沿岸などで作戦に従事
1938年12月15日予備艦に類別
1940年 4月 1日哨戒艇に類別。「第1号哨戒艇」と改名
1941年12月太平洋戦争に参加。輸送・哨戒任務等に従事
1942年フィリピン攻略、蘭印攻略、ソロモン攻略などに参加
1943年 1月13日カビエンにて米潜水艦「ガードフィッシュ」の攻撃を受け沈没
       2月10日除籍
「灘風」「灘風」=灘(港から離れた波の荒い海)に吹く風を指す
1920年 1月 9日舞鶴工廠にて起工
       6月26日進水
1921年 9月30日竣工
1937年〜日中戦争に際し、華中沿岸などで作戦に従事
1939年 1月20日予備艦に類別
1940年 4月 1日哨戒艇に類別。「第2号哨戒艇」と改名
1941年12月太平洋戦争に参加。輸送・哨戒任務等に従事
1942年フィリピン攻略、蘭印攻略などに参加
1943年 1月〜第一海上護衛隊に転属。本土〜東シナ海方面の船団護衛に従事
1945年 7月25日ロンボク海峡(インドネシア)にて英潜「スタボーン」の攻撃を受け沈没
       9月15日除籍
「矢風」「矢風」=射られた矢が飛ぶときに生ずる風を指す
1918年 8月15日三菱長崎造船所にて起工
1920年 4月10日進水
       7月19日竣工
1931年空母「加賀」の直衛艦として、上海事変での作戦に参加
1937年無線操縦装置を搭載し、標的艦「摂津」の操縦艦となる
1939年 3月11日三田尻(山口県)沖にて潜水艦「イ−61」と衝突事故。損傷を負う
1942年 3月〜爆撃訓練の標的艦へ改装を実施(完了は同年5月)
       7月20日特務艦(標的艦)に類別。航空爆撃訓練に従事
1943年 3月 6日第34号哨戒艇(旧駆逐艦「薄」)と衝突事故をおこし破損。哨戒艇は沈没
       7月〜修理完了後、南洋方面での航空爆撃訓練に参加
      11月 6日船団護衛中の交戦で輸送船「玄洋丸」と衝突、損傷
1944年 2月〜北海道方面などで航空爆撃訓練に参加
1945年 7月18日横須賀にて米軍機の攻撃を受け損傷
       9月15日除籍。船体は長浦湾に放置となる
1948年長浦湾で浸水着底していたが、解体処分される
「羽風」「羽風」=鳥などの羽ばたきにより生じる風を指す
1918年11月11日三菱長崎造船所にて起工
1920年 6月21日進水
       9月16日竣工
1937年〜日中戦争に際し、華中沿岸などで作戦に従事
1941年12月第11航空艦隊付きとして太平洋戦争に参加。南方にて作戦に従事
1942年 8月〜南洋諸島方面への輸送任務に従事
1943年 1月23日カビエンにて米潜水艦「ガードフィッシュ」の攻撃を受け沈没
       3月 1日除籍
「汐風」「汐風」=潮気を吹くんだ風。また潮が引くときに吹く風を指す
1920年 5月15日舞鶴工廠にて起工
      10月22日進水
1921年 7月29日竣工
1937年〜日中戦争に際し、華南沿岸などで作戦に従事
1941年12月太平洋戦争に参加。南洋方面にて作戦に従事
1942年 4月第五艦隊に編入。北方方面にて作戦に従事
       7月南西方面艦隊に編入。台湾〜内地間の船団護衛に従事
1945年 5月人間魚雷「回天」搭載艦に改造される
       8月15日呉にて終戦を迎える
1945年10月 5日除籍
      12月特定輸送艦に指定され、復員輸送に従事
1948年?解体処分。船体は福島県小名浜港の防波堤に使用
「秋風」「秋風」=秋に吹く風。古来より詩歌に歌われた言葉である
1920年 6月 7日三菱長崎造船所にて起工
      12月14日進水
1921年 9月16日竣工
1937年〜日中戦争に際し、華中沿岸などで作戦に従事
1941年12月第11航空艦隊付きとして太平洋戦争に参加。南方にて作戦に従事
1942年 8月〜南洋諸島方面への輸送任務に従事
1943年南太平洋方面にて各種任務に従事
1944年 2月トラック島空襲により損傷した艦艇を護衛してパラオへ脱出
1944年11月 3日南シナ海にて米潜水艦「ピンテード」の攻撃を受け沈没
1945年 1月10日除籍
「夕風」「夕風」=夕方・日暮れに吹く風を指す
1920年12月14日三菱長崎造船所にて起工
1921年 5月28日進水
       8月24日竣工
1928年10月11日浦賀水道で演習中、「島風」と衝突事故をおこし軽微な損傷を負う
1937年〜日中戦争に際し、華中沿岸などで作戦に従事
1941年 3月台湾海峡東方にて座礁するも、自力で離礁に成功
      12月太平洋戦争に参加。第3航空戦隊に所属し空母「鳳翔」「瑞鳳」の直衛に従事
1942年 6月 5日〜ミッドウェー海戦に参加
1943年内海にて空母「鳳翔」と連携して訓練任務などに従事
1945年 7月24日別府湾で被雷損傷し行動不能となったた空母「海鷹」を曳航し、
日出(ひじ)海岸へ擱座させる
       8月15日別府湾にて終戦を迎える
      10月 5日除籍
      12月特定輸送艦に指定され、復員輸送に従事
1947年 8月14日戦時賠償艦としてイギリスに引き渡される。後に解体処分
「太刀風」「太刀風」=太刀を振るったときにおこる風を指す
1920年 8月18日舞鶴工廠にて起工
1921年 3月31日進水
      12月 5日竣工
1937年〜日中戦争に際し、華中沿岸などで作戦に従事
1941年12月第11航空艦隊付きとして太平洋戦争に参加。南方にて作戦に従事
1942年 8月〜南洋諸島方面への輸送任務に従事
1944年 2月 4日輸送任務中、トラック島にて座礁
       2月17日トラック島にて米軍機の攻撃を受け沈没
       3月31日除籍
「帆風」「帆風」=船の帆にはらむ風を指す
1920年11月30日舞鶴工廠にて起工
1921年 7月12日進水
      12月12日竣工
1937年〜日中戦争に際し、華中沿岸などで作戦に従事
1941年12月太平洋戦争に参加。南方方面にて作戦に従事
1943年 7月 1日マカッサル海峡にて米潜「スレッシャー」の雷撃を受け損傷
マカッサルにて修理を実施(同年10月修理完了)
1944年 4月西部ニューギニアへ進出。船団護衛任務に従事
       7月 6日サイギ島沖にて米潜水艦「パドル」の攻撃を受け沈没
       9月10日除籍


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