橄欖型 駆逐艦

"Kanran" Class Destroyers


HMS Minstrel
駆逐艦「栴檀」(1910年代末)
スペックデータ
排水量:(常)740t ボイラー:ヤーロー罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油 170t
全長:73.15m
全幅:7.77m 主機:パーソンス式直結型タービン×2基、3軸推進
吃水:2.39m
出力:13,500hp
武装:
10.2cm単装砲2基、40口径7.6cm単装砲2基、
53cm魚雷単装発射管2基2門
最大速力:27.0kt
航続距離:13ktで2250浬
乗員定数:72名

同型艦名(2隻)
橄欖"Kanran"栴檀"Sendan"

橄欖型駆逐艦について
 第一次世界大戦において、ドイツ軍の「敵輸送船に対する無制限の潜水艦攻撃宣言」に動揺した英国政府は、日本政府に地中海および南アフリカ方面への艦隊派遣を打診し、日本政府もこれを受けて1917年(大正6年)2月7日に艦隊の派遣を決定した。当艦は日本海軍が地中海へ派遣した第二特務艦隊で使用するため、イギリスから貸与された駆逐艦である。
 元は英国海軍駆逐艦「ネメシス」[Nemesis]、「ミンストレル」[Minstrel](両艦とも”H”型(1909年度計画)駆逐艦)であったが、日本海軍でそれぞれ「橄欖」「栴檀」と命名し、駆逐艦長以下乗員は全員日本人で運用された。
 なお終戦後の大正8年(1919年)に両艦とも英国へ返還されたため、日本海軍籍に在籍した期間は短かった。

橄欖型駆逐艦の歴史
「橄欖」「橄欖」=オリーブの訳語として使用される言葉であるが
元は熱帯原産のカンラン科の常緑高木を指す名称である
1910年 8月ホーソン・レスリー社にて英駆逐艦「ネメシス」として進水
1917年10月12日英国から受領。「橄欖」と命名し艦籍へ編入
 第二特務艦隊に所属し、第一次大戦に参加
1919年 1月17日プリマス港にて英国へ返還。艦名を「ネメシス」に戻す
1921年11月26日英海軍籍除籍。売却
「栴檀」「栴檀」=ビャクダン科の常緑高木である白檀の別名
またセンダン科の落葉高木の名称でもある
1911年 2月ソーニクロフト社にて英駆逐艦「ミンストレル」として進水
1917年 9月20日英国から受領。「栴檀」と命名し艦籍へ編入
 第二特務艦隊に所属し、第一次大戦に参加
1919年 1月17日プリマス港にて英国へ返還。艦名を「ミンストレル」に戻す
1921年12月 1日英海軍籍除籍。売却


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