雷(初代)型 駆逐艦

"Ikazuti(1)" Class Destroyers


曙
(三等)駆逐艦「曙」(1919年頃)
スペックデータ
排水量:(常)345t ボイラー:ヤーロー罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 110t
全長:67.26m
全幅:6.27m 主機:直立型往復動蒸気機関(4気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:1.58m
出力:6,000hp
武装:
40口径7.6cm単装砲2基、40口径5.7cm単装砲4基
45cm魚雷単装発射管2基2門
最大速力:31.0kt
航続距離:不明
乗員定数:60名

同型艦名(6隻)
雷(初代)"Ikazuti(1)"電(初代)"Inazuma(1)"曙(初代)"Akebono(1)"
漣(初代)"Sazanami(1)"朧(初代)"Oboro(1)"霓"Niji"

雷(初代)型駆逐艦について
 はじめは水雷艇と呼ばれていた魚雷発射管搭載の小型艦が進化したものが駆逐艇と呼ばれる艦で、1893年にイギリスで最初に建造され、本来の任務は艦隊に接近する水雷艇を追い払う(駆逐する)ものであった。そのため水雷艇なみの高速力と水雷艇よりも強力な備砲をそなえた艦として建造された。しかし完成してみると水雷艇を駆逐するだけでなく、その高速を生かしての魚雷攻撃も行うほうが有効であると考えられて、魚雷発射管も搭載されるようになった。また水雷艇よりも大型のため艦隊に随伴しての航海が可能となり、大型艦の護衛としても使用できるようになった。
 日本海軍もこの駆逐艇という艦種が欧州で建造されたという情報をキャッチするとすぐに導入を決定、イギリスから購入することとなった。ヤーロー社製とソーニクロフト社製のどちらにするか検討されたがどちらの艦も性能的には大差なく、結局は両者から購入することにした。
 この雷型はヤーロー社製のものである。イギリスで建造され日本に回航する際には小型艦のため遠洋航海は危険との考えから、部品の形で購入し日本で組み立てることも検討されたが、結局は完成品を日本へ回航し全艦無事に日本へ到着した。この回航成功で航行性の高さが実証されたので、購入前の案では港湾防御の任務を与えるはずだったものを水雷戦部隊を編成し艦隊に随伴する任務へと変更されている。
 なお当初日本海軍においては種別「水雷艇」の中の類別「駆逐艇」と称されていたが、1900年から種別を「軍艦」に変更され類別も「駆逐艦」と呼ばれるようになっている。その後、1905年に軍艦籍から外され種別自体が「駆逐艦」となり、1912年には排水量で等級が定められたため、排水量600トン未満の当クラスは三等駆逐艦となった。

雷(初代)型駆逐艦の歴史
「雷」(初代)「雷」=気象・天候を指す言葉。かみなりの古語
1899年 2月23日イギリスのヤーロー社にて竣工。日本へ回航
       5月25日佐世保に到着
1900年 6月22日駆逐艦に類別される
1904年第一艦隊に所属し、日露戦争に参加
       2月 8日〜旅順港閉塞作戦に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1913年10月10日大湊港で機関部爆発事故のため船体破断、着底
1913年11月 5日除籍
1914年 4月売却
「電」(初代)「電」=気象・天候を指す言葉。雷光のこと。いなびかり
1899年 4月25日イギリスのヤーロー社にて竣工。日本へ回航
       6月25日横須賀に到着
1900年 6月22日駆逐艦に類別される
1904年第一艦隊に所属し、日露戦争に参加
       2月 8日〜旅順港閉塞作戦に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1909年12月16日函館沖にて汽船と衝突事故により沈没
1910年 9月15日除籍
「曙」(初代)「曙」=気象・天候を指す言葉。東の空が夜明けと共にしだいに
白んでいくことを表す。暁よりさらに明るくなった頃を指す。
1899年 7月 3日イギリスのヤーロー社にて竣工。日本へ回航
1900年 2月20日横須賀に到着
       6月22日駆逐艦に類別される
1904年第一艦隊に所属し、日露戦争に参加
       2月 8日〜旅順港閉塞作戦に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1921年 4月30日特務艇(掃海艇)に類別
       6月21日雑役船(標的船)に類別
1925年 5月 2日廃船
「漣」(初代)「漣」=波の状態を指す言葉。細かく立つ波を指す。
1899年 8月28日イギリスのヤーロー社にて竣工。日本へ回航
1900年 3月24日佐世保に到着
       6月22日駆逐艦に類別される
1904年第一艦隊に所属し、日露戦争に参加
       2月 8日〜旅順港閉塞作戦に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
       5月28日ロシア駆逐艦「ベドウイ」(後に「皐月」となる)を拿捕
座乗の司令長官ロジェストヴェンスキー中将を捕虜とする
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1913年 4月 1日除籍
       8月23日雑役船(掃海船)に類別。艦名を「漣丸」と改称
1914年10月〜第一次大戦において、青島攻略作戦を支援
1916年 3月31日雑役船(標的船)に類別
       8月29日館山沖にて実艦標的として使用され沈没
      10月18日廃船
「朧」(初代)「朧」=気象・天候を指す言葉。薄く曇る様子を指す。
1899年11月 1日イギリスのヤーロー社にて竣工。日本へ回航
1900年 4月28日神戸に到着
       6月22日駆逐艦に類別される
1904年第一艦隊に所属し、日露戦争に参加
       2月 8日〜旅順港閉塞作戦に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1921年 4月30日特務艇(掃海艇)に類別
       6月21日雑役船(標的船)に類別
      10月廃船
「霓」「霓」=気象・天候を指す言葉。空気中の水滴によるプリズム作用で
光が七色に分かれて見える現象。虹とも書く。
1900年 1月 1日イギリスのヤーロー社にて竣工。日本へ回航
       5月26日横須賀に到着
       6月22日駆逐艦に類別される
       7月29日清国山東省南東岬沖で座礁。翌月3日に沈没
1901年 4月 8日除籍


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