吹雪(2代)型 駆逐艦

"Hubuki(2)" Class Destroyers


磯波
駆逐艦「磯波」(1930年頃)
敷波
駆逐艦「敷波」(1930年代:Photo from Wikimedia Commons)
電
駆逐艦「電」(防諜のため写真から所属駆逐隊番号が消されている)(1937年頃:Photo from Wikimedia Commons)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
吹雪
第39号(2014.07.22)
駆逐艦「吹雪」1942年

スペックデータ(竣工時)
排水量:(公)1,980t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×4基
     (改吹雪型は3基)
燃料搭載量:重油 475t
全長:112.0m
全幅:10.36m 主機:艦本式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.20m
出力:50,000hp
武装:
50口径12.7cm連装砲3基、7.7mm単装機銃2基
(改吹雪型は12.7mm単装機銃2基)、61cm魚雷3連装発射管3基9門
爆雷18発搭載(投下軌条2)
最大速力:38.0kt
航続距離:14ktで5000浬
乗員定数:219名
(改吹雪型は233名)

同型艦名(20隻+4隻)
吹雪(2代)"Hubuki(2)"白雪(2代)"Sirayuki(2)"初雪(2代)"Hatuyuki(2)"
深雪"Miyuki"叢雲(2代)"Murakumo(2)"東雲(2代)"Sinonome(2)"
薄雲(2代)"Usugumo(2)"白雲(2代)"Sirakumo(2)"磯波(2代)"Isonami(2)"
浦波(2代)"Uranami(2)"綾波(2代)"Ayanami(2)"敷波(2代)"Sikinami(2)"
朝霧(2代)"Asagiri(2)"夕霧(2代)"Yuugiri(2)"[Yûgiri(2)]天霧"Amagiri"
狭霧"Sagiri"朧(2代)"Oboro(2)"曙(2代)"Akebono(2)"
漣(2代)"Sazanami(2)"潮(2代)"Usio(2)" 
(以降の艦は改吹雪型(「暁」(2代)型)に分類されることもある)
暁(2代)"Akatuki(2)"響(2代)"Hibiki(2)"雷(2代)"Ikazuti(2)"
電(2代)"Inazuma(2)"  

吹雪(2代)型駆逐艦について
 ワシントン条約の締結により主力艦艇の保有数に制限を受けた日本海軍は、条約の制限を受けない補助艦艇を強化することで主力艦の不足を補うことを考えた。
 そこで、いままでの駆逐艦よりも強力で高性能な駆逐艦の建造を行うことを決定、特型駆逐艦として建造を開始した。これが「吹雪」型である。これまでの駆逐艦より強化改良された部分として、主砲が従来の露天式から主力艦と同様の砲塔式に改められ、備砲も新型の物に変更されたことが挙げられる。これにより砲撃力はいままでより実質二倍程度まで向上された。また艦橋も天井にキャンバスを貼っていただけの露天艦橋から密閉式の艦橋に改められ、悪天候下での作戦行動力が向上している。
 当初「吹雪」型は三十六隻の建造が予定されていたが、大型駆逐艦を多数建造するのは列強各国を刺激するとの意見から二十四隻で建造はうち切られている。しかし二十四隻もの多数の同型艦を建造したため建造時期によって多少の装備の違いが出てきている。装備の違いの例として、砲塔は一番艦「吹雪」から十番艦「浦波」まではA型砲塔(最大仰角40度、連装砲は連動して俯仰角する)となっているが、十一番艦「綾波」以降はB型砲塔(最大仰角75度。砲は個別に俯仰角可能)となっている。ただし友鶴事件などでトップヘビーが問題視されたためB型砲塔は後に軽量なC型砲塔(最大仰角55度)に換装されている。魚雷発射管も後期に建造された艦には覆いが付けられていたが、これは軽量化のため後に撤去された。
 また最後に建造された四隻(「暁」以降)は機関を改良型に変更しており、燃焼缶を四基から三基に減らしたため前部の煙突が細くなっている(この最後の四隻を「吹雪」型の準同型艦「暁」型として分類している書籍・資料等もあるがこのページでは同一型として扱った)。
 太平洋戦争勃発時点には、最新鋭駆逐艦(「陽炎」型)が就役していたため当クラスは老艦扱いであったが、戦争中も水雷戦隊の中心戦力として活躍した。そのため二十四隻あった姉妹艦のうち、終戦まで生き残れたのは「潮」と「響」の二隻だけであった。

注意!「このページは同型艦が多いため年表を2ページに分けております。このページの一番下に
2ページ目へのリンクを貼ってありますので「夕霧」以降の艦についてはそちらをご覧ください。」
吹雪(2代)型駆逐艦の歴史
「吹雪」(2代)「吹雪」=降雪に激しい風が伴うものを指す
1926年 6月19日舞鶴工廠にて「第三十五号駆逐艦」として起工
1927年11月15日進水
1928年 8月 1日艦名を「吹雪」を改称
      8月10日竣工
1937年日中戦争に参加
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略、クチン上陸作戦に従事
1942年 2月〜シンガポール封鎖作戦、ジャワ・ボルネオ攻略に従事
      8月〜ガダルカナル撤収作戦に従事
     10月11日サボ島沖海戦(ソロモン諸島)にて米艦隊の砲撃を受け沈没
     11月15日除籍
「白雪」(2代) 「白雪」=真っ白な雪のこと。雪の美称として使用される言葉
1927年 3月19日横浜船渠にて「第三十六号駆逐艦」として起工
1928年 3月20日進水
      8月 1日艦名を「白雪」と改称
     12月18日竣工
1937年日中戦争に参加。上海上陸作戦などに従事
1940年北部仏印進駐に参加
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略、エンドウ沖海戦、バタビア沖海戦に参加
1942年ミッドウェー作戦、ガダルカナル撤収作戦、第三次ソロモン海戦などに参加
1943年 3月 3日ビスマルク海海戦にて、連合軍機の爆撃を受け沈没
      4月 1日除籍
「初雪」(2代)「初雪」=その冬初めて降る雪のこと
1927年 4月12日舞鶴工廠にて「第三十七号駆逐艦」として起工
1928年 8月 1日艦名を「初雪」と改称
      9月29日進水
1929年 3月30日竣工
1935年 9月26日第四艦隊事件の際に艦首部を破損(切断)。後に修理復旧
1937年日中戦争に参加。上海上陸作戦などに従事
1940年北部仏印進駐に参加
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略、ジャワ攻略に参加
1942年〜シンガポール封鎖作戦、バタビア沖海戦、ミッドウェー作戦などに参加
1943年〜ガダルカナル撤収、クラ湾夜戦などに参加
      7月17日ブインにて輸送任務に従事中、米軍機の攻撃を受け沈没
     10月15日除籍
「深雪」「深雪」=深く積もった雪の美称
1927年 4月30日浦賀船渠にて「第三十八号駆逐艦」として起工
1928年 6月26日進水
      8月 1日艦名を「深雪」と改称
1929年 6月29日竣工
1934年 6月29日済州島南方にて、駆逐艦「電」と衝突事故を起こし船体切断(船体後部は沈没)
残った船体前部は曳航途中で放棄された
      8月15日除籍
「叢雲」(2代)「叢雲」=気象・天候を指す言葉。群がり立つ雲を指す
1927年 4月25日藤永田造船所にて「第三十九号駆逐艦」として起工
1928年 8月 1日艦名を「叢雲」と改称
      9月27日進水
1929年 5月10日竣工
1940年北部仏印進駐に参加
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略、ボルネオ上陸作戦、バタビア沖海戦に参加
1942年〜ミッドウェー作戦、ガダルカナル撤収作戦に参加
1942年10月12日サボ島沖海戦(ソロモン諸島)にて大破した重巡「古鷹」を救難中、米軍機の
攻撃を受け大破。その後雷撃処分される
     11月15日除籍
「東雲」(2代)「東雲」=気象・天候を指す言葉。夜明けの薄明かりを指す
暁や曙とほぼ同意である
1927年 8月12日佐世保工廠にて「第四十号駆逐艦」として起工
     11月26日進水
1928年 7月25日竣工
      8月 1日艦名を「東雲」と改称
1940年北部仏印進駐に参加
1941年12月太平洋戦争に参加。ボルネオ攻略に従事
     12月17日ボルネオ沖にて触雷(オランダ軍飛行艇の攻撃という説もある)。沈没
1942年 1月15日除籍
「薄雲」(2代)「薄雲」=気象・天候を指す言葉。薄くたなびいた雲を指す
1926年10月21日石川島造船所にて「第四十一号駆逐艦」として起工
1927年12月26日進水
1928年 7月26日竣工
      8月 1日艦名を「薄雲」と改称
1940年 8月15日日中戦争で大陸沿岸封鎖作戦実施中に触雷、大破
     10月〜呉工廠・舞鶴工廠にて修理を実施
1942年 3月31日修理完了(7月完了説あり)。太平洋戦争に参加。アリューシャン防備に従事
1943年〜アッツ島沖海戦、キスカ撤収作戦に参加。北方方面で船団護衛に従事
1944年 7月 7日択捉島北方にて米潜水艦「スケート」の攻撃を受け沈没
      9月10日除籍
「白雲」(2代)「白雲」=文字どおり白い雲を指す
1926年10月27日藤永田造船所にて「第四十二号駆逐艦」として起工
1927年12月27日進水
1928年 7月28日竣工
      8月 1日艦名を「白雲」と改称
1940年北部仏印進駐に参加
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略、ボルネオ上陸作戦、バタビア沖海戦に参加
1942年〜ミッドウェー作戦、ガダルカナル撤収作戦に参加
1943年〜3月まで内地で損傷を修理。その後アッツ島輸送作戦に従事
      6月 6日駆逐艦「沼風」と衝突、中破。9月修理完了
1944年 3月16日千島列島沖にて米潜水艦「タウトグ」の攻撃を受け沈没
      3月31日除籍
「磯波」(2代)「磯波」=磯にうち寄せる波を指す
1926年10月18日浦賀船渠にて「第四十三号駆逐艦」として起工
1927年11月24日進水
1928年 6月30日竣工
      8月 1日艦名を「磯波」と改称
1937年日中戦争に参加。上海上陸作戦などに従事
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略に従事
1942年〜蘭印攻略、ミッドウェー作戦に参加
     12月 1日ブナ東方にて敵機の攻撃を受け中破。修理後は船団護衛に従事
1943年 4月 9日バンダ海にて米潜水艦「タウトグ」の攻撃を受け沈没
      8月 1日除籍
「浦波」(2代)「浦波」=浦にうち寄せる波を指す
1927年 4月28日佐世保工廠にて「第四十四号駆逐艦」として起工
1928年 8月 1日艦名を「浦波」と改称
     11月29日進水
1929年 6月30日竣工
1937年日中戦争に参加。上海上陸作戦などに従事
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略に従事
1942年〜蘭印攻略、ミッドウェー作戦、第二次・第三次ソロモン海戦に参加
1943年 4月 2日マッカサル付近にて座礁。8月修理完了
1944年 6月 3日ビアク島輸送作戦中、米水上部隊と交戦(ビアク島沖海戦)
     10月26日オルモック湾輸送作戦の帰路、米軍機の攻撃を受け沈没
     12月15日除籍(12月10日説あり)
「綾波」(2代)「綾波」=重なり合ってうち寄せる波を指す
1928年 1月20日藤永田造船所にて「第四十五号駆逐艦」として起工
      8月 1日艦名を「綾波」と改称
1929年10月 5日進水
1930年 4月30日竣工
1937年日中戦争に参加。上海上陸作戦などに従事
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略に従事
1942年〜ミッドウェー作戦、ガダルカナル輸送作戦に参加
     11月15日第三次ソロモン海戦にて米艦隊の砲撃を受け沈没
     12月15日除籍
「敷波」(2代)「敷波」=しきりにうち寄せる波を指す言葉
1928年 7月 6日藤永田造船所にて「第四十六号駆逐艦」として起工
      8月 1日艦名を「敷波」と改称
1929年 6月22日進水
1929年12月24日竣工
1937年日中戦争に参加。上海上陸作戦などに従事
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略に従事
1942年〜蘭印攻略、ミッドウェー作戦に参加
1943年〜輸送任務に従事。ビスマルク海海戦に参加
1944年 9月12日海南島近海にて米潜水艦「グローラー」の攻撃を受け沈没
     10月10日除籍
「朝霧」(2代)「朝霧」=朝にたつ霧のこと
1928年12月12日佐世保工廠にて起工
1929年11月18日進水
1930年 6月30日竣工
1932年第一次上海事変にて長江水域へ進出
1937年日中戦争に参加。上海上陸作戦などに従事
1940年北部仏印進駐に参加
1941年12月〜太平洋戦争に参加。マレー攻略、エンドウ沖海戦に参加
1942年〜ベンガル湾機動作戦、ミッドウェー作戦などに参加
      8月28日ガダルカナル輸送作戦に従事中、米軍機の攻撃を受け沈没
     10月 1日除籍

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