春雨(初代)型 駆逐艦

"Harusame(1)" Class Destroyers


春雨
駆逐艦「春雨」(撮影時期不明)
スペックデータ
排水量:(常)375t ボイラー:艦本式罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 100t
全長:69.20m
全幅:6.57m 主機:直立型往復動蒸気機関(4気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:1.83m
出力:6,000hp
武装:
40口径7.6cm単装砲2基、40口径5.7cm単装砲4基、
45cm魚雷単装発射管2基2門
最大速力:29.0kt
航続距離:10ktで1200浬
乗員定数:62名

同型艦名(7隻)
春雨(初代)"Harusame(1)"村雨(初代)"Murasame(1)"速鳥"Hayatori"
朝霧(初代)"Asagiri(1)"吹雪(初代)"Hubuki(1)"霰(初代)"Arare(1)"
有明(初代)"Ariake(1)" 

春雨(初代)型駆逐艦について
 イギリスから駆逐艦を購入し使用した日本海軍はその有効性を認め、駆逐艦隊の増強に力を入れることにした。また仮想敵国であるロシアが極東に二十五隻もの駆逐艦を配備していたことも増強を急がなくてはならない理由であった。
 駆逐艦のような小型艦を欧州で建造し日本まで回航することの手間を考え、また小型艦は国産するという海軍の方針をふまえ、駆逐艦の国産化が望まれていたので国内の造船業育成のためと早急な艦隊増強のため、イギリスから購入した駆逐艦を手本にして初の国産駆逐艦を建造することを決定、当クラスは全艦とも国内工廠にて建造が行われた。
 だが小型で高出力な動力機関を製造できるレベルに達していなかったので、オリジナルのイギリス製駆逐艦より出力が低く速力も1ないし2ノットほど低下してしまっている。しかし、英国製の駆逐艦もカタログスペック上は30ノットオーバーの数値を挙げていたが、実際に運用してみると30ノットを超える事はほとんど不可能に近かったと伝えられている。
 それでも「春雨」(初代)型が日露戦争開戦直後に艦隊へ編入できた(外国に発注していれば日本へ回航することさえままならなかったであろう)ことは、国産化が無駄ではなかったことを示している。

春雨(初代)型駆逐艦の歴史
「春雨」(初代)「春雨」=木々の若芽が出る頃に降る春の雨のこと
1903年 6月26日横須賀工廠で竣工
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
      10月11日旅順港外で触雷。艦尾切断大破する
      11月29日呉工廠にて修理。翌年1月完了、戦線へ復帰
1905年 5月27日日本海海戦に参加。駆逐艦「夕霧」と衝突、破損
1911年11月24日三重県的矢湾にて座礁、沈没
      12月28日除籍。翌年売却
「村雨」(初代)「村雨」=ひとしきり強く降っては止み、止んでは降る雨のこと
「村」の字は当て字であり、語源では「群れ」という意味が強い
1903年 7月 7日横須賀工廠で竣工
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1914年第二水雷戦隊に所属し第一次大戦に参加
1922年 4月 1日特務艇(掃海艇)に類別
1923年 4月 1日除籍。雑役船(魚雷標的船)に類別
1925年 2月14日廃船
「速鳥」「速鳥」=早く飛ぶ鳥のこと。「風土記」に収録された伝説に登場する
船名でもある。駆逐艦では唯一、鳥名がついた艦である
1903年 8月24日横須賀工廠で竣工
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
       9月 3日旅順港外で触雷、沈没
1905年 6月 1日喪失公表
       6月15日除籍
「朝霧」(初代)「朝霧」=朝にたつ霧のこと
1903年 9月18日横須賀工廠で竣工
1904年第二艦隊に所属し、日露戦争に参加
1905年 5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1914年第二水雷戦隊に所属し第一次大戦に参加
1922年 4月 1日特務艇(掃海艇)に類別
1923年 4月 1日除籍。雑役船(魚雷標的船)に類別
1925年 2月14日廃船
「吹雪」(初代)「吹雪」=降雪に激しい風が伴うものを指す
1905年 2月28日呉工廠で竣工
 第三艦隊に所属し、日露戦争に参加
       5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1922年 4月 1日特務艇(掃海艇)に類別
1924年12月 1日除籍
1926年 5月廃船。売却解体処分される
「霰」(初代)「霰」=水蒸気が空中で凝結して落ちてくる小さな氷の固まり
1905年 5月10日呉工廠で竣工
 第三艦隊に所属し、日露戦争に参加
       5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1924年 4月 1日除籍
「有明」(初代)「有明」=夜明けの空に残る月を有明月といい
その月が出ている頃を指す言葉
1905年 7月30日横須賀工廠で竣工
 第三艦隊に所属し、日露戦争に参加
       5月27日日本海海戦に参加
1912年 8月28日三等駆逐艦に類別
1924年12月 1日除籍
1925年 4月10日廃船
      11月12日内務省に移管。警視庁東京水上警察署所属の取締船として使用される


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