防護巡洋艦 利根(初代)

ProtectedCruiser "Tone(1)"


利根(初代)
防護(二等)巡洋艦「利根」(1910年代?)
スペックデータ
排水量:(常)4,113t ボイラー:宮原罐・石炭重油混焼×16基 燃料搭載量:石炭 990t
        重油 124t
全長:109.73m
全幅:14.38m 主機:直立型往復動蒸気機関(4気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:5.11m
出力:15,000hp
武装:
45口径15.2cm単装砲2基、40口径12cm単装砲10基、
40口径7.6cm単装砲4基、45cm魚雷発射管3門
最大速力:23.0kt
航続距離:不明
乗員定数:370名

同型艦名(1隻)
利根(初代)"Tone(1)"

防護巡洋艦 利根(初代)について
 日露戦争中に艦船の損失が多くなり、日本海軍では急遽補充のため防護巡洋艦を建造することになった。そこで建造されたのがこの「利根」である。しかし1905年11月に起工したものの日露戦争が終わったために建造は急がれず、完成までに四年半もかかっており、また同型艦も建造されることはなかった。
 戦時着工艦のため新たな技術は盛り込まれず従来の「吉野」型以降の防護巡洋艦の流れを汲む設計であったが、戦争中の「春日」と「吉野」の衝突事故の教訓から、艦首水線下の衝角(ラム)を廃止したクリッパー型艦首とされている。艦首が尖っていたため、通常は艦首中央に一つ設置される菊の御紋章が、本艦では艦首左右両舷側に一つずつの計二つ掲げられている。主兵装となる砲は「吉野」型に準ずる数・配置であったが、本艦では船体軽量化のため15.2センチ砲を二門減じて、12センチ砲を増やしている。
 また機関も出力アップのため石炭燃焼式から石炭重油混焼式に変更し、巡洋戦艦に対応できるだけの高速発揮を狙っていたが、完成後すぐにイギリスで巡洋戦艦「インビンシブル」[Invincible]が完成(最高速25kt)したことから、「利根」は巡洋戦艦に対して優速とは言えなくなってしまった。
 なお「利根」は日本の巡洋艦としては最後のレシプロ蒸気機関搭載艦でもある。これ以降はタービン機関へと移り変わっていっている。

防護巡洋艦 利根(初代)の歴史
「利根」(初代)「利根」=関東一の大河、利根川から取った名称。
群馬県丹後山に源を発し、流長322kmを誇る
1905年11月27日佐世保工廠にて起工(佐世保工廠で建造された初の巡洋艦)
1907年10月24日進水
1910年 5月15日竣工。二等巡洋艦に類別
1911年 4月英国王ジョージV世戴冠式に参列のため欧州へ派遣(同年11月帰投)
1914年 8月26日〜第一次世界大戦に参加。第二艦隊に所属し、青島攻撃作戦などに従事
1919年〜第二遣外艦隊に所属し、南洋方面や蘭領東インド方面の警備に従事(22年まで)
1927年〜第一遣外艦隊に所属し、中国沿岸(揚子江河口域周辺)の警備に従事(29年まで)
1931年 4月 1日除籍。廃艦第5号と改称
1933年 4月30日奄美大島近海で爆弾実験の標的艦として使用され沈没


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