巡洋艦 天龍(初代)

Cruiser(Sloop) "Tenryuu(1)"


天龍
スループ「天龍」(1886年頃)
スペックデータ
排水量:(常)1,547t ボイラー:円罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 256t
全長:67.36m
全幅:9.75m 主機:横置トランク型蒸気機関(2気筒2段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:4.95m
出力:1,260hp
武装:
25口径17cm単装砲1基、25口径15cm単装砲1基、
25口径12cm単装砲4基、7.5cm単装砲1基、
25mm4連装砲4基
最大速力:12.0kt
航続距離:不明
乗員定数:214名

同型艦名(1隻)
天龍(初代)"Tenryuu(1)"[Tenryû(1)]

巡洋艦 天龍(初代)について
 「海門」に続き横須賀造船所で建造された大型木製巡洋艦。基本的には「海門」の拡大型で、帆走マストの残る古いスタイルの艦であった。この艦も建造に手間取り竣工までに7年以上もかかっている。「海門」と同様、艦種はスループとされ、巡洋艦に類別されたことはないが、当サイトでは巡洋艦の項に掲載した。
 常備艦隊と警備艦隊を統合して明治27年(1894年)7月19日に制定された連合艦隊(初代司令長官は伊東佑亨中将)に所属し、日清戦争の火蓋を切ることとなった豊島沖海戦に第二遊撃隊の一隻として参加したが、日露戦争時点では海防艦へ類別変更されていたため大きな海戦への参加は無い。
 余談ではあるが、この艦の建造費は69万8106円72銭8厘であったという記録が残されている。米価や物価推移指数を比較した単純計算であるが、現在の価値に直すと約八億〜約十五億円程度であろうと推測される。現在の巡洋艦建造は数百億円から千数百億円もかかることから、いかに現代兵装が高価なのかが判る。

巡洋艦 天龍(初代)の歴史
「天龍」(初代)「天龍」=長野県を源流とし、遠州灘に注ぐ天竜川から取った。
流長215キロ。流域面積5090平方キロ。
1878年 2月 9日横須賀造船所にて起工
1883年 8月18日進水
1885年 3月 5日竣工
1894年連合艦隊に所属し、日清戦争に参加
      7月25日豊島沖海戦に参加
1897年11月26日艦内にて火災事故をおこす
1898年 3月21日海防艦に類別
1904年日露戦争に参加。神戸港の警備任務に従事
1906年10月20日除籍。雑役船として使用され1911年廃船


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