巡洋艦 海門

Cruiser(Sloop) "Kaimon"


海門
スループ「海門」(1880年代)
スペックデータ
排水量:(常)1,381t ボイラー:円罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 180t
全長:64.31m
全幅:9.75m 主機:横置トランク型蒸気機関(2気筒2段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:4.95m
出力:1,250hp
武装:
25口径17cm単装砲1基、25口径12cm単装砲6基、
7.5cm単装砲1基、25mm4連装砲4基、15mm5連装
砲4基
最大速力:12.0kt
航続距離:不明
乗員定数:230名

同型艦名(1隻)
海門"Kaimon"

巡洋艦 海門について
 大型艦を外国に発注する一方、海軍当局は小型艦は努めて国内で建造し建艦技術の発達を促進する方針を取り、横須賀に海軍の造船所を開設した。「海門」は横須賀造船所で初めて建造された純国産大型巡洋艦である。ただし、実際の艦種はスループとされ、巡洋艦に類別されたことはない。
 しかし技術力の不足から建艦に手間取り、起工から就役までなんと8年近くもかかってしまっている。
 日清日露の戦役に参加しているが、日露戦争にて掃海作業後に帰投中触雷し、たった四分間で沈没してしまった。
 余談だが、現在の進水式において艦首にくす玉を飾り鳩を飛ばすことが慣習となっているが、世界で初めて進水式で鳩を飛ばすセレモニーを行ったのがこの「海門」であると伝えられている。

巡洋艦 海門の歴史
「海門」「海門」=鹿児島県薩摩半島にある開聞岳から取った。標高922m。
鹿児島湾の入り口にあることから海の門の山として「海門岳」とも呼ぶ
1877年 9月 1日横須賀造船所にて起工
1882年 8月28日進水
1884年 3月13日竣工
 常備艦隊に所属して、日清戦争に参加。威海衛攻略などに従事
1898年 3月21日三等海防艦に類別
1904年第三艦隊第七戦隊に所属して、日露戦争に参加
      7月 2日小平島(大連)付近の掃海作業護衛のため出撃
      7月 5日南三山島(大連湾口)沖にて触雷沈没。艦長以下22名戦死
1905年 5月21日除籍


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