巡洋艦 和泉(2代)

Cruiser "Izumi(2)"


和泉
巡洋艦「和泉」(明治時代のイラスト)
スペックデータ
排水量:(常)2,950t ボイラー:ベルビール罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 600t
全長:82.30m
全幅:12.80m 主機:横置式往復動蒸気機関(2気筒2段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:5.64m
出力:5,500hp
武装:
30口径25.4cm単装砲2基(後に45口径15.2cm単装速射砲2基へ換装)、
40口径15.2cm単装砲6基(後に40口径12cm単装速射砲6基へ換装)、4.7cm単装砲2基
(後に5.7cm単装砲2基に換装)、35.6cm魚雷発射管3門(後に45.7cm魚雷に換装)
最大速力:18.0kt
航続距離:不明
乗員定数:300名

同型艦名(1隻)
和泉(2代)"Izumi(2)"

巡洋艦 和泉(2代)について
 当初はチリ海軍がアルゼンチンとの紛争のために建造した巡洋艦「エスメラルダ」[Esmeralda]であるが、紛争が和解の方向へ向かい売却されることになったので、日清戦争勃発後間もない日本海軍が買い入れたものである。
 「浪速」型とこの艦は防護巡洋艦の先駆けであり、防護巡洋艦の一時代を築いた艦と言える。
 日露戦争では日本海海戦の際にバルチック艦隊と最初に接触した艦となり、日本海海戦で日本が有利に戦うことができたのは通報艦「信濃丸」と当艦の功績が大きいと言える。

巡洋艦 和泉(2代)の歴史
「和泉」(2代)「和泉」=古い国名。現在の大阪府南西部を指す。
757年に河内国から独立して国となった。
1884年 7月英国アームストロング社にてチリ海軍巡洋艦「エスメラルダ」として竣工
1894年11月15日日本海軍が購入。「和泉」と命名
1895年 2月 5日日本へ回航。横須賀到着後、直ちに日清戦争に参加
1898年 3月21日三等巡洋艦に類別。翌年まで主機の換装工事を実施
1900年北清事変(義和団の乱)発生のため、アモイの警備に従事
1901年搭載兵装の換装を実施。完了は翌年
1904年第三艦隊第六戦隊に所属し、日露戦争に参加
1905年 5月27日「信濃丸」の通報により哨戒中、バルチック艦隊を発見・接触する
1912年 4月 1日除籍。翌年解体


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