軽巡洋艦 五十鈴

LightCruiser "Isuzu"


五十鈴
軽巡洋艦「五十鈴」(1944年)
スペックデータ(防空巡洋艦に改装(昭和19年)後)
排水量:(公)6,260t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×10基
   ロ号艦本式罐・石炭重油混焼×2基
燃料搭載量:不明
全長:152.4m
全幅:14.17m 主機:技本・三菱・パーソンス式オールギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:不明
出力:90,000hp
武装:
40口径12.7cm連装高角砲3基、25mm3連装機銃11基、
25mm単装機銃5基、61cm魚雷4連装発射管2基8門
最大速力:34.5kt
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
五十鈴"Isuzu"

軽巡洋艦 五十鈴について
 「長良」型軽巡の二番艦として竣工した「五十鈴」であったが、太平洋戦争中の1943年12月に敵機の空襲により破損してしまった。
 しかし船体の修理を行う際に、旧式化した軽巡洋艦として復旧するよりは対空兵装を強化した防空巡洋艦に改装した方が有利であるという意見が出たため修理と同時に改装を実施されることになった。
 改装はすべての主砲塔を撤去して高角砲や連装機銃に換装され、艦隊戦用の水雷兵装の強化も行われている。さらに各種レーダーやソナーなどの最新技術も盛り込まれ、1944年(昭和19年)9月に改装は終了、対潜任務を主とする第31戦隊旗艦として戦線に復帰した。
 しかし戦線に復帰したものの対潜任務に従事することはなく、主に陸軍部隊の輸送に従事していたが、1945年4月に米潜水艦二隻の攻撃を受け沈没している。

軽巡洋艦 五十鈴の歴史
「五十鈴」「五十鈴」=志摩半島の山岳地帯を源流に伊勢湾へそそぐ五十鈴川から取った。
戦前はそのほとりに伊勢神宮が鎮座する聖域として崇められていた。
 改装前までの経歴は軽巡「長良」型の項を参照のこと
1943年12月〜損傷部位を修理の際に防空巡洋艦へ改装される
改装は横須賀工廠と三菱横浜造船所で行われた
1944年 8月20日第31戦隊創設に伴い戦隊旗艦となる
1944年 9月14日改装終了。戦線に復帰
      10月23日〜第三艦隊に所属し、比島沖海戦に参加
      11月19日輸送任務中、コレヒドール沖にて米潜「ヘイク」の雷撃を受け大破
      11月末〜シンガポールにて応急修理後、スラバヤへ移動し修理を実施(翌年4月修理完了)
1945年 4月 6日ティモール島沖にて米爆撃機の攻撃を受け損傷を負う
       4月 7日ジャワ近海のスンバワ島沖で米潜水艦「ガビラン」「チャー」の攻撃を受け沈没
       6月20日除籍


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