古鷹型 重巡洋艦

"Hurutaka" Class HeavyCruisers


古鷹(就役時)
重巡洋艦「古鷹」(1926年頃)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
古鷹
第27号(2014.02.04)
重巡洋艦「古鷹」1926年
加古
第42号(2014.09.02)
重巡洋艦「加古」1942年

スペックデータ(数値は竣工時のもの、【 】内は改装後のもの)
排水量:(公)8,585t
    【(基)8,700t】
ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×10基
  ロ号艦本式罐・石炭重油混焼×2基
    【ロ号艦本式罐・重油専焼×10基】
燃料搭載量:石炭  400t
        重油 1400t
       【重油 1860t】
全長:(全)185.16m
全幅:16.5m
   【16.9m】
主機:三菱・パーソンス式オールギヤードタービン×4基、4軸推進
(「加古」は川崎・ブラウン式オールギヤードタービン×4基、4軸推進)
吃水:5.56m
出力:102,000hp
   【110,000hp】
武装:
50口径20cm単装砲6基【50口径20.3cm連装砲3基】、40口径7.6cm単装高角砲4基
【45口径12cm単装高角砲4基】、61cm魚雷連装発射管6基12門【61cm魚雷4連装発射
管2基8門】、水偵1機搭載(滑走台1基)【水偵2機搭載(射出機1基)】
最大速力:34.5kt
      【33.0kt】
航続距離:14ktで7000浬
乗員定数:616名【639名】

同型艦名(2隻)
古鷹"Hurutaka"加古"Kako"

古鷹型重巡洋艦について
 駆逐艦の進歩に従い主力艦隊へ敵駆逐艦を近づけさせないようにするための補助艦艇も進歩していくようになった。敵駆逐艦を排除するために駆逐艦より強力な砲を備えた軽巡洋艦が建造されたが、矛と盾の関係のように襲撃する側の駆逐艦部隊を率いる軽巡洋艦も進歩していったので、さらに強力な巡洋艦が必要となってきていた。
 日本海軍は八八艦隊計画で軽巡洋艦「球磨」型を量産していたが、仮想敵国である米国海軍の軽巡「オマハ」型が「球磨」型よりはるかに強力であったために、「オマハ」型に対抗しうる巡洋艦を建造する必要が生じていた。そこで建造されたのがこの「古鷹」型である。
 「古鷹」型は「オマハ」型をうち破ることのできる強力な砲を搭載するために、今までにない新設計を取り入れている。艦の重心を下げるために甲板中央部分を低くし、航行性を高めるために艦首と艦尾を高くした波形甲板の採用と、艦の中心線上に6基もの砲塔を装備するには中央構造物をコンパクトにまとめる必用があったので、煙突を太く傾斜した形にするなどの上部構造物の工夫された配置がそれである。
 後に砲塔を準同型艦の「青葉」型と同様の配置にしたために、「古鷹」型改装後は「青葉」型も同型と分類されている。なお二番艦「加古」は重巡洋艦としては珍しく河川名がつけられているが、これは当初の計画では「川内」型軽巡の一艦として建造予定であったものが、軍縮条約の締結により建造艦整理が行われ「古鷹」型重巡として建造されたためである。

古鷹型重巡洋艦の歴史
「古鷹」「古鷹」=海軍江田島兵学校の側にある古鷹山から取った名称
有名な山ではないが兵学校出身者にとっては最も親しい山である
1922年12月 5日三菱長崎造船所にて起工
1925年 2月25日進水
1926年 3月31日竣工
      4月〜第五戦隊に所属し、中国沿岸で行動
1932年〜対空兵装の強化、射出機の搭載を実施(翌年工事完了)
1933年〜第六戦隊に所属し、中国沿岸で行動
1937年 4月〜改装工事に着手。1939年工事完了、「青葉」型と同型となる
1941年12月 4日〜第一艦隊に所属し太平洋戦争に参加。トラック方面に進出
グアム、ウェーキへの上陸などを支援
1942年 1月〜ラバウル、カビエンへの上陸を支援
      3月〜ニューギニア、ブーゲンビルへの上陸を支援
      5月〜ツラギ上陸を支援。同月7日珊瑚海海戦に参加
      6月末〜ラバウル方面に進出
      8月 8日第一次ソロモン海戦に参加
     10月12日サボ島沖海戦で米艦隊の集中砲火を受け、沈没
     11月20日除籍
「加古」「加古」=播磨平野東部を流れ播磨灘にそそぐ加古川から取った名称
流長90km。鉄道が出来る前は水上交通路として使用された
1922年11月17日川崎神戸造船所にて起工
1925年 4月10日進水
1926年 7月20日竣工
      9月〜第五戦隊に所属し、中国沿岸で行動
1930年滑走台の撤去を実施
1931年〜対空兵装の強化、射出機の搭載を実施(翌年工事完了)
1936年 7月 4日〜改装工事に着手。翌年12月工事完了、「青葉」型と同型となる
1941年12月 4日〜第一艦隊に所属し太平洋戦争に参加。トラック方面に進出
グアム、ウェーキへの上陸などを支援
1942年 1月〜ラバウル、ガビエンへの上陸を支援
      3月〜ニューギニア、ブーゲンビルへの上陸を支援
      5月〜ツラギ上陸を支援。同月7日珊瑚海海戦に参加
      6月末〜ラバウル方面に進出
      8月 8日第一次ソロモン海戦に参加
      8月10日シンベリ島沖で米潜水艦「S−44」の雷撃を受け、沈没
      9月15日除籍


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