伊勢型 戦艦

"Ise" Class Battleships


伊勢(竣工時)
戦艦「伊勢」(1917年:竣工前公試時)
伊勢
戦艦「伊勢」(1943年:航空戦艦改修後)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
伊勢
第6号(2013.04.16)
戦艦「伊勢」1944年
日向
第12号(2013.07.09)
戦艦「日向」1923年

スペックデータ(就役時)
排水量:(常)31,260t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油石炭混焼×24基 燃料搭載量:石炭 4600t
        重油 1411t
全長:(全)208.18m
全幅:28.65m 主機:ブラウン・パーソンス式直結型タービン×2基、4軸推進
   (「日向」はパーソンス式直結型タービン×2基、4軸推進)
吃水:8.74m
出力:45,000hp
武装:
45口径36cm連装砲6基、50口径14cm単装砲20基、
40口径7.5cm単装高角砲4基、53cm魚雷発射管6門
最大速力:23.0kt
航続距離:14ktで9680浬
乗員定数:1,360名
スペックデータ(最終改装(昭和18年:航空戦艦へ改装)後)
排水量:(公)38,676t
  (「日向」は38,500t)
ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油 4250t
全長:(全)219.62m
全幅:33.83m 主機:艦本式オールギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:9.03m
出力:80,000hp
武装:
45口径36cm連装砲4基、40口径12.7cm連装高角砲8基、
25mm3連装機銃19基、艦爆及び水偵を計22機搭載
最大速力:25.1kt
航続距離:16ktで9449浬
     (「日向」は9000浬)
乗員定数:1,463名

同型艦名(2隻)
伊勢"Ise"日向"Hyuuga"[Hyûga]

伊勢型戦艦について
 日本海軍は巡洋戦艦「金剛」型四隻と戦艦「扶桑」型四隻からなる超ド級艦隊の建設を目指していたが予算事情から「扶桑」型戦艦の建造は遅れていた。この間に諸外国では次々と新戦艦が誕生しており「扶桑」型はすでに旧式化しつつあった。そこで「扶桑」型の三・四番艦は改良を加え建造することになり、これが「伊勢」型として完成した。
 改良点としては主砲塔や弾薬庫が分散していたものを改め、防御上の無駄を省きすっきりとしたレイアウトにまとめ、機関出力をアップし速力を高めつつ防御力も向上させたことである。また砲塔も改良され発射速度が向上している。
 太平洋戦争開戦前には更に大改装が施され主砲塔の改良や機関出力の増大が図られているが、戦争初期には目立った活躍はしていなかった。だがミッドウェーで航空母艦四隻を失った日本海軍は戦艦を航空母艦に改造して航空戦力復旧を行うこととし、たまたま「日向」が五番砲塔の事故で修理中だったので「伊勢」型二隻を航空戦艦として改造することに決定した。当初は完全な航空母艦になる予定であったが時間と資材がかかるので、五・六番砲塔を撤去してその部分のみに飛行甲板を設置した航空戦艦とすることになった。このような小さな飛行甲板では通常の航空母艦で運用するような艦上機の発着艦は不可能なため、爆撃も可能な水上偵察機「瑞雲」を搭載しカタパルトで発艦させ、着艦は水上に着水しクレーンで引き揚げる形を取ることにした。
 こうして、航空戦艦として生まれ変わった「伊勢」型であるが、改造が終了した時点ではすでに搭載する艦載機の生産もままならず、ついには航空戦艦としても活躍する機会には恵まれなかった。

伊勢型戦艦の歴史
「伊勢」「伊勢」=古い国名。現在の三重県の大半を占めた。
天照大神を祭った伊勢神宮があることで有名。
1915年 5月10日神戸川崎造船所にて起工
1916年11月12日進水
1917年12月15日竣工
1928年〜29年水上機射出機増設、艦橋を櫓式から塔型へ改修
1935年〜37年防御装甲増強、主機増強、船体延長などの近代化改修を実施
1941年12月 8日〜連合艦隊に所属し、太平洋戦争に参加
1942年 4月18日〜東京空襲部隊を発艦させた艦隊を追撃したが、捕捉できず
       5月29日〜主力艦隊に所属し、ミッドウェイ海戦に参加
      12月〜航空戦艦への改造工事に着手。翌年9月完了
1943年10月トラック島に陸軍部隊を輸送。11月本土帰投後は練習任務に従事
1944年 5月 1日「日向」とともに第四航空戦隊を編成
      10月20日〜機動部隊(小沢艦隊)に所属し、比島沖海戦に参加。米艦載機の攻撃を受け損傷
      11月〜南方からの物資輸送任務に従事
1945年 3月19日呉に停泊中、米艦載機の攻撃を受け損傷
       6月呉鎮守府所属の特殊警備艦(浮き砲台)となる
       7月24日呉港外に停泊中米軍機の攻撃を受け大破、28日の再攻撃にて着底
      11月20日除籍。翌年浮揚解体される
「日向」「日向」=古い国名。現在の宮崎県を指す。
建国神話によると日本国発祥の地とされている。
1915年 5月 6日長崎三菱造船所にて起工
1917年 1月27日進水
1918年 4月30日竣工
1926年〜28年水上機射出機増設、艦橋を櫓式から塔型へ改修
1934年〜36年防御装甲増強、主機増強、船体延長などの近代化改修を実施
1941年12月 8日〜連合艦隊に所属し、太平洋戦争に参加
1942年 4月18日〜東京空襲部隊を発艦させた艦隊を追撃したが、捕捉できず
       5月 5日伊予灘で訓練中に第五砲塔にて暴発事故をおこし損傷
       5月29日〜主力艦隊に所属し、ミッドウェイ海戦に参加
1943年 5月 1日〜航空戦艦への改造工事に着手。同年11月完了
1944年10月20日〜機動部隊(小沢艦隊)に所属し、比島沖海戦に参加
      11月〜南方からの物資輸送任務に従事
1945年 3月19日呉に停泊中、米艦載機の攻撃を受け損傷
       5月呉鎮守府所属の特殊警備艦(浮き砲台)となる
       7月24日呉港外に停泊中米軍機の攻撃を受け大破、浸水のため同月26日に着底
      11月20日除籍。47年浮揚解体される


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