千歳(2代)型 航空母艦

"Titose(2)" Class Aircraft Carriers


千歳
航空母艦「千歳」(1943年頃)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
千歳
第74号(2015.11.24)
航空母艦「千歳」1944年

スペックデータ
排水量:(公)13,600t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油 2637t
全長:(水)185.93m
全幅:(船体)20.80m 主機:艦本式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
 巡航用として艦本式ディーゼル機関×2基を併用
吃水:7.51m
出力:56,800hp
武装:
40口径12.7cm連装高角砲4基、25mm3連装機銃10基、
飛行機30機(艦戦21機、艦攻9機)
最大速力:29.0kt
航続距離:18ktで11810浬
乗員定数:785名 飛行甲板:180.0×23.0m、昇降機 2基

同型艦名(2隻)
千歳(2代)"Titose(2)"千代田(3代)"Tiyoda(3)"

千歳(2代)型航空母艦について
 この「千歳」型の艦歴は複雑である。当初は1933年度の第二次補充計画で建造された水上機母艦であるが、実際は当時日本海軍の秘密兵器であった小型潜水艇「甲標的」の母艦として建造されたものであった。しかし甲標的の母艦として実戦に参加する機会には恵まれず、ミッドウェイ海戦後の空母補充のため「千歳」型も航空母艦へ改装されることになってしまった。
 甲標的母艦(表向きは水上機母艦兼高速給油艦)から航空母艦へ改装された「千歳」型であったが、改装終了時には日本海軍空母航空隊は弱体化しており活躍の場は残されていなかった。
 余談ではあるが、通常他艦種から航空母艦へ改装された艦は名称を航空母艦の命名基準に沿った物へ変更されているがこの「千歳」型は水上機母艦時代の艦名を引き続き使用している。これは水上機母艦時代の戦功を考慮の上、改名の可否を乗員全員による投票にて意見集約したところ、圧倒的に変更不可の意見が多かったため艦名を変更しなかったからである。

千歳(2代)型航空母艦の歴史
「千歳」(2代)「千歳」=数え尽くせぬ長い年月を表す和成語
1934年11月26日呉工廠にて水上機母艦「千歳」として起工
1936年11月29日進水
1938年 7月25日竣工
1939年特潜母艦に改装
1941年12月〜第3艦隊第11航空戦隊に所属し太平洋戦争に参加
1942年 1月〜蘭印各地の攻略作戦に従事。5月には第11航空戦隊旗艦となる
      6月ミッドウェー攻略作戦に参加
      8月ガダルカナル逆上陸作戦を支援。第2次ソロモン海戦に参加。空爆を受け被爆、中破
1943年 2月 1日佐世保工廠にて航空母艦への改装工事に着手
1944年 1月 1日改装工事終了(航空母艦への類別は1943年12月15日付け)
      6月マリアナ沖海戦に参加
     10月25日レイテ沖海戦に参加。エンガノ岬沖で敵機の攻撃を受け沈没
     12月20日除籍
「千代田」(3代)「千代田」=江戸城(現在の皇居)の美称である
1936年12月14日呉工廠にて水上機母艦「千代田」として起工
1937年11月19日進水
1938年12月15日竣工
1940年特潜母艦に改装
1941年12月〜連合艦隊付きとして太平洋戦争に参加。開戦時は内海で待機中
1942年 4月〜トラックへ進出
      6月ミッドウェー攻略作戦に参加
1942年11月28日横須賀工廠にて航空母艦への改装工事に着手
1943年10月31日改装工事終了。12月15日付で航空母艦へ類別
1944年 6月マリアナ沖海戦に参加。敵機の攻撃を受け小破
     10月25日レイテ沖海戦に参加。エンガノ岬沖で敵機の攻撃を受け大破。
米重巡洋艦「ニュー・オーリンズ」の砲撃を受け沈没
     12月20日除籍


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