太平洋戦争主要海戦(昭和18年)

このページの記述について
*海戦の年月日は日本時間で記述しています。
*海戦名は帝国海軍大本営公式および連合軍(主に米海軍)公式の呼称を記載していますが、
  双方に正式な呼称が無い場合もあります。
*参加艦艇および戦没艦艇は主要なもののみを記載しております。

昭和18(1943)年 1月29日
レンネル島沖海戦レンネル島海戦
【海戦場所】ソロモン諸島レンネル島沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第二十六航空戦隊司令:山県正郷中将
【指揮官(米国側)】米国海軍護衛部隊司令:ロバート・C・ギフェン少将
【参加艦艇(日本側)】第二十六航空戦隊:陸攻41 【参加艦艇(米国側)】海兵隊輸送船団:護衛部隊重巡『ウィチタ』『シカゴ』『ルイスヴィル』、軽巡『クリーブランド』『コロンビア』『モントピーリア』、駆逐艦『ラ・ヴァレット』『シェヴァリエ』『コンウェイ』他
【損害艦(日本側)】陸攻10の損失 【損害艦(米国側)】沈没:重巡『シカゴ』、大破:駆逐艦『ラ・ヴァレット』
昭和18(1943)年 2月 1日〜7日
イサベル島沖海戦(正式呼称なし)
【海戦場所】ソロモン諸島ガダルカナル島近海
【指揮官(日本側)】帝国海軍第十水雷戦隊司令:木村進少将、第三水雷戦隊司令:橋本信太郎少将
【指揮官(米国側)】米国陸軍ヘンダーソン基地航空隊司令:F・P・マイキー准将
【参加艦艇(日本側)】第十水雷戦隊:駆逐艦『風雲』『巻雲』『夕雲』『秋雲』『谷風』『浦風』『浜風』『磯風』『皐月』『長月』『時津風』『雪風』『大潮』『荒潮』『文月』、第三水雷戦隊:駆逐艦『巻波』『舞風』『江風』『黒潮』『白雪』『朝雲』『五月雨』、基地航空隊のべ68 【参加艦艇(米国側)】陸上基地機のべ120
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『巻雲』、航空機13の損失 【損害艦(米国側)】沈没:駆逐艦『ド・ヘイヴン』(ルンガ泊地に停泊中のところを攻撃される)、航空機14の損失
昭和18(1943)年 3月 2日〜3日
81作戦(正式呼称なし)ビスマルク海海戦
【海戦場所】ビスマルク海(ニューブリテン島西方)
【指揮官(日本側)】帝国海軍第三水雷戦隊司令:木村昌福少将
【指揮官(米国側)】米国陸軍第5航空軍司令:ジョージ・C・ケニー中将
【参加艦艇(日本側)】輸送部隊:第三水雷戦隊駆逐艦『朝潮』『荒潮』『白雪』『時津風』『雪風』『浦波』『敷波』『朝雲』、特務輸送艦『野島』他7隻、直衛航空部隊:零戦90、九九艦爆9 【参加艦艇(米国側)】第5航空軍:B-17爆撃機39、B-25爆撃機41、A-20攻撃機34、護衛戦闘機154
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『朝潮』『荒潮』『白雪』『時津風』、輸送船8、航空機25の損失 【損害艦(米国側)】航空機5の損失
昭和18(1943)年 3月 5日〜6日
(正式呼称なし)ビラ・スターンモア夜戦(ブラッケット海峡海戦)
【海戦場所】ソロモン諸島コロンバンガラ島ビラ・スターンモア東方海上
【指揮官(日本側)】帝国海軍第四水雷戦隊第二駆逐隊指揮官:橘正雄大佐
【指揮官(米国側)】米国海軍第68機動部隊司令:アーロン・スタントン・メリル少将
【参加艦艇(日本側)】第二駆逐隊:駆逐艦『村雨』、第四駆逐隊駆逐艦『峯雲』 【参加艦艇(米国側)】第68機動部隊:軽巡『モントピーリア』『クリーブランド』『デンヴァー』、駆逐艦『コンウェイ』『コニー』『ウォーラー』
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『村雨』『峯雲』 【損害艦(米国側)】損失なし
昭和18(1943)年 3月27日
(正式呼称なし:俗にアッツ島沖海戦と呼ばれる)コマンドルスキー諸島海戦
【海戦場所】アリューシャン列島アッツ島近海
【指揮官(日本側)】帝国海軍第五艦隊司令:細萱戊子郎中将
【指揮官(米国側)】米国海軍第16.6任務群司令:チャールズ・H・マックモリス少将
【参加艦艇(日本側)】第五艦隊:第二十一戦隊重巡『那智』『摩耶』、軽巡『多摩』、駆逐艦『初霜』『若葉』、輸送船団:軽巡『阿武隈』、駆逐艦『電』『雷』『薄雲』、輸送船3 【参加艦艇(米国側)】第16.6戦闘群:重巡『ソルト・レーク・シティ』、軽巡『リッチモンド』、駆逐艦『ベイリー』『コグラン』『デール』『モナハン』
【損害艦(日本側)】小破:重巡『那智』、軽巡『多摩』 【損害艦(米国側)】小破:重巡『ソルト・レーク・シティ』、駆逐艦『ベイリー』
昭和18(1943)年 4月 7日
い号作戦(正式呼称なし)(正式呼称なし)
【海戦場所】ソロモン諸島(X攻撃)、ニューギニア島(Y攻撃)
【指揮官(日本側)】帝国海軍連合艦隊司令長官:山本五十六大将
【指揮官(米国側)】米国海軍ソロモン航空隊司令マーク・A・ミッチャー少将、米国陸軍第5航空軍司令ジョージ・C・ケニー中将
【参加艦艇(日本側)】第十一航空艦隊:零戦108、九九艦爆16、一式陸攻72、第三艦隊:零戦103、九九艦爆54、九七艦攻27 【参加艦艇(米国側)】ソロモン諸島航空部隊:基地機300、第5航空軍:戦闘機330、B-17爆撃機55、B-24爆撃機60、B-25爆撃機50、B-26爆撃機40、A-20攻撃機50
【損害艦(日本側)】航空機43の損失 【損害艦(米国側)】(艦船はそれぞれ泊地内にて被弾)沈没:駆逐艦『アーロン・ワード』、護衛艦1、輸送船3、大破:輸送船2、哨戒艇1、航空機25の損失
昭和18(1943)年 7月 5日〜6日
クラ湾夜戦クラ湾海戦
【海戦場所】ソロモン諸島コロンバンガラ島東方
【指揮官(日本側)】帝国海軍第三水雷戦隊司令:秋山輝男少将
【指揮官(米国側)】米国海軍第36.1任務群司令:ウォールデン・L・エインワース少将
【参加艦艇(日本側)】第三水雷戦隊:駆逐艦『新月』『涼風』『谷風』『望月』『三日月』『浜風』『長月』『皐月』『天霧』『初雪』 【参加艦艇(米国側)】第36.1任務群:軽巡『ホノルル』『ヘレナ』『セント・ルイス』、駆逐艦『ニコラス』『オバノン』『ジェンキンス』『ラドフォード』
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『新月』、大破座礁:駆逐艦『長月』(翌日の航空攻撃により沈没)、損傷:駆逐艦『涼風』『谷風』『望月』『天霧』『初雪』 【損害艦(米国側)】沈没:軽巡『ヘレナ』
昭和18(1943)年 7月12日
コロンバンガラ島沖海戦コロンバンガラ海戦
【海戦場所】ソロモン諸島コロンバンガラ島北東沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第二水雷戦隊司令:伊崎俊二少将
【指揮官(米国側)】米国海軍第36.1任務群司令:ウォールデン・L・エインワース少将
【参加艦艇(日本側)】第二水雷戦隊:軽巡『神通』、駆逐艦『三日月』『雪風』『浜風』『清波』『夕暮』、輸送部隊:駆逐艦『皐月』『水無月』『松風』『夕凪』 【参加艦艇(米国側)】第36.1任務群:軽巡『ホノルル』『セント・ルイス』『リアンダー(ニュージーランド艦)』、駆逐艦『ニコラス』『オバノン』『テイラー』『ジェンキンス』『ラドフォード』『ラルフ・タルボット』『ブキャナン』『モーリー』『ウッドワース』『グウィン』
【損害艦(日本側)】沈没:軽巡『神通』 【損害艦(米国側)】沈没:駆逐艦『グウィン』、大破:軽巡『ホノルル』『セント・ルイス』『リアンダー』、駆逐艦『ウッドワース』『ブキャナン』
昭和18(1943)年 8月 6日〜7日
(正式呼称なし:俗にベラ湾夜戦と呼ばれる)ベラ湾海戦
【海戦場所】ソロモン諸島コロンバンガラ島北西沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第四駆逐隊司令:杉浦嘉十大佐
【指揮官(米国側)】米国海軍第31.2任務群司令:フレデリック・ムースブラッガー中佐
【参加艦艇(日本側)】第四駆逐隊:駆逐艦『萩風』『嵐』『江風』『時雨』 【参加艦艇(米国側)】第31.2任務群:駆逐艦『ダンラップ』『クレーヴン』『モーリー』『ラング』『スタレット』『スタック』
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『萩風』『嵐』『江風』 【損害艦(米国側)】損失なし
昭和18(1943)年 8月17日〜18日
(正式呼称なし:俗にベラ・ラベラ沖夜戦と呼ばれる)ホラニウ海戦(またはベラ・ラベラ北方海戦)
【海戦場所】ソロモン諸島ベラ・ラベラ島北方沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第三水雷戦隊司令:伊集院松治大佐
【指揮官(米国側)】米国海軍駆逐隊指揮官:トーマス・J・ライアン大佐
【参加艦艇(日本側)】第三水雷戦隊:駆逐艦『漣』『浜風』『磯風』『時雨』、特設駆潜艇4、上陸用舟艇21 【参加艦艇(米国側)】哨戒駆逐隊:駆逐艦『ニコラス』『オバノン』『テイラー』『シェバリエ』
【損害艦(日本側)】沈没:特設駆潜艇2、上陸用舟艇3、小破:駆逐艦『漣』 【損害艦(米国側)】損失なし
昭和18(1943)年10月 6日
(正式呼称なし:俗にベラ・ラベラ沖海戦と呼ばれる)ベラ・ラベラ海戦
【海戦場所】ソロモン諸島ベラ・ラベラ島北西沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第三水雷戦隊司令:伊集院松治大佐
【指揮官(米国側)】米国海軍駆逐隊指揮官:フランク・R・ウォーカー大佐
【参加艦艇(日本側)】第三水雷戦隊:駆逐艦『文月』『松風』『夕凪』『秋雲』『磯風』『風雲』『夕雲』『時雨』『五月雨』 【参加艦艇(米国側)】哨戒駆逐隊:駆逐艦『セルフリッジ』『シェバリエ』『オバノン』『ラルフ・タルボット』『テイラー』『ラ・ヴァレット』
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『夕雲』 【損害艦(米国側)】沈没:駆逐艦『シュバリエ』、小破:駆逐艦『セルフリッジ』『オバノン』
昭和18(1943)年11月 2日
ブーゲンビル島沖海戦エンプレス・オーガスタ湾海戦
【海戦場所】ソロモン諸島ブーゲンビル島エンプレス・オーガスタ湾
【指揮官(日本側)】帝国海軍第五戦隊司令:大森仙太郎少将
【指揮官(米国側)】米国海軍第39機動部隊司令:アーロン・スタントン・メリル少将
【参加艦艇(日本側)】第五戦隊:重巡『妙高』『羽黒』、軽巡『阿賀野』、第三水雷戦隊:軽巡『川内』、駆逐艦『時雨』『五月雨』『白露』『長波』『初風』『若月』 【参加艦艇(米国側)】第39機動部隊:軽巡『モントピーリア』『クリーブランド』『コロンビア』『デンヴァー』、駆逐艦『チャールズ・オズボーン』『ダイソン』『スタンレー』『クラクストン』『スペンス』『サッチャー』『コンヴァース』『フート』
【損害艦(日本側)】沈没:軽巡『川内』、駆逐艦『初風』、中破:駆逐艦『白露』『五月雨』、小破:重巡『妙高』『羽黒』 【損害艦(米国側)】中破:駆逐艦『フート』、小破:軽巡『デンヴァー』、駆逐艦『サッチャー』『スペンス』
昭和18(1943)年11月 5日
第一次ブーゲンビル島沖航空戦(ろ号作戦)第一次ラバウル航空攻撃
【海戦場所】ソロモン諸島ニューブリテン島ラバウル泊地およびブーゲンビル島南方沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第二艦隊司令:栗田健男中将、第三艦隊司令:小沢治三郎中将
【指揮官(米国側)】米国海軍第38機動部隊司令:F・C・シャーマン少将、
【参加艦艇(日本側)】第二艦隊(泊地停泊):重巡『高雄』『摩耶』『愛宕』『鈴谷』『最上』『筑摩』、軽巡『阿賀野』『能代』、駆逐艦『藤波』『若月』他、第一航空戦隊:九七艦攻14 【参加艦艇(米国側)】第38機動部隊:空母『サラトガ』『プリンストン』、軽巡『サン・ディエゴ』『サン・ジュアン』、駆逐艦『ファーレンホルト』『ブキャナン』『ランズダウン』『ラードナー』『ウッドワース』『フラム』『ベニト』『ゲスト』『ハドソン』
【損害艦(日本側)】損傷:重巡『高雄』『摩耶』『愛宕』『鈴谷』『最上』『筑摩』、軽巡『阿賀野』『能代』、駆逐艦『藤波』『若月』、航空機4の損失 【損害艦(米国側)】損失なし(九七艦攻の攻撃により魚雷艇1沈没)
昭和18(1943)年11月 8日
第二次ブーゲンビル島沖航空戦(ろ号作戦)(正式呼称なし)
【海戦場所】ソロモン諸島ブーゲンビル島トロキナ沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第三艦隊司令:小沢治三郎中将
【指揮官(米国側)】指揮官不明
【参加艦艇(日本側)】第一航空戦隊及び第十一航空艦隊:零戦71、九九艦爆26、九七艦攻9、一式陸攻12 【参加艦艇(米国側)】軽巡3、駆逐艦4、輸送船複数
【損害艦(日本側)】航空機22の損失 【損害艦(米国側)】大破:軽巡『バーミングハム』、輸送船2、小破:駆逐艦2
昭和18(1943)年11月11日
第三次ブーゲンビル島沖航空戦(ろ号作戦)第二次ラバウル航空攻撃
【海戦場所】ソロモン諸島ニューブリテン島ラバウル泊地
【指揮官(日本側)】帝国海軍第三艦隊司令:小沢治三郎中将
【指揮官(米国側)】米国海軍第50.3任務群司令:アルフレッド・E・モントゴメリー少将
【参加艦艇(日本側)】第二艦隊(泊地停泊):重巡『摩耶』『鳥海』、軽巡『阿賀野』『夕張』、駆逐艦『長波』『巻波』『涼波』『浦風』『海風』、第一航空戦隊:零戦33、九九艦爆23、九七艦攻14 【参加艦艇(米国側)】第50.3任務群:空母『エセックス』『バンカー・ヒル』『インディペンデンス』、駆逐艦『スタレット』『バラード』『モーリー』『マッキー』『スタック』『ウィルソン』『エドワーズ』『キッド』『チョーンシー』、他に第38機動部隊から若干の参加艦艇
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『涼波』、中破:軽巡『阿賀野』、航空機33の損失 【損害艦(米国側)】損失なし
昭和18(1943)年11月24日〜25日
(正式呼称なし)セント・ジョージ岬海戦
【海戦場所】ソロモン諸島ブカ島沖
【指揮官(日本側)】帝国海軍第三十一駆逐隊司令:香川清登大佐
【指揮官(米国側)】米国海軍第23水雷戦隊司令:アーレイ・バーク大佐
【参加艦艇(日本側)】第三十一駆逐隊:駆逐艦『大浪』『巻波』『天霧』『夕霧』『卯月』 【参加艦艇(米国側)】第23水雷戦隊第45駆逐隊:駆逐艦『チャールズ・オズボーン』『クラクストン』『ダイソン』、第46駆逐隊:駆逐艦『コンヴァース』『スペンス』
【損害艦(日本側)】沈没:駆逐艦『大浪』『巻波』『夕霧』 【損害艦(米国側)】損失なし


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