JS(IS)−3重戦車

Heavy Tank JS-3

ソビエト赤軍 1945年

JS-3
JS−3重戦車

下記写真はデアゴスティーニ社発行「隔週刊 コンバット・タンク・コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
JS-3m
第68号(2015.01.20)
「JS(IS)−3m」1973年


 1943年末から配備の始まったJS−2重戦車は、その重装甲と強力な備砲で戦場を席巻した(ただし戦況を塗り替えるほど大量生産されなかったのでT−34中戦車ほど目立ったわけでは無い)。
 1944年半ばを過ぎてドイツの敗色が濃厚となってくると、ソビエトでは戦後配備を見越してJS−2の発展改良型開発に着手することにし、ドウホフ技師を長とする開発チームにJS−2mをベースに防御力を高めた車両の試作を命じた。
 曲面で構成された(お椀を伏せたような)形状により避弾径始を高めた砲塔や逆V字型の多面体構成を持つ車体を持つ試作車は同年末に完成、JS(キリル文字ではIS)−3として採用された。
 終戦までに350両(100両未満とする説もある)が完成したが、対ドイツ戦終戦には間に合わず、終戦前後の満州で対日本軍戦にごく少数が投入されたとの説がある他は、ほとんど戦場へ出ることは無かった。しかし終戦後のベルリンで開催された戦勝パレードで当戦車の集団を見た米英軍関係者に強いショックを与え、JS−3を超えるべき目標として戦後西側の戦車開発は開始されたと言っても過言では無い。
 JS−3は戦後も製造が続けられ、1955年には車体装甲の強化、エンジンエアフィルタや走行装置の改良、夜間暗視装置の追加などの近代化改修を行ったJS−3mが完成した。この新型戦車は翌56年のハンガリー動乱鎮圧で実戦初投入されている。
 その後、JS−3mはエジプトおよび北朝鮮に導入配備が行われている。特にエジプト軍のJS−3mは67年の第三次中東戦争(六日間戦争)や73年の第四次中東戦争(ヨム・キップル戦争)で使用されており、その強固な装甲からイスラエル軍を苦戦させているが、機動力が低いという弱点や搭乗員の練度の低さを突かれ、イスラエル軍戦車による側面へ回り込んでの砲撃で大半が撃破されている。

スペックデータ(JS−3)
全長 9.98m全高 2.71m
全幅 3.20m重量45.8トン
最高速度37km/h行動距離185km
発動機V-2-JS 水冷V型12気筒ディーゼルエンジン 519馬力×1基
【】
乗員数4名総生産数350両(終戦までの数)
武装D-25T 122mm戦車砲×1、DShk 12.7mm機銃×1、7.62mm機銃×1
最大装甲厚(上面)24mm〜(前面)120mm
派生改良型 JS-3:JS(スターリン)戦車の最終形態。1960年代まで使用された
JS-3m:改良型。ソ連軍では1970年代まで使用された
JS-3k:JS-3に追加の無線装置や充電器を搭載した指揮戦車型呼称
JS-3mk:JS-3kと同様のJS-3m指揮戦車型呼称