III号突撃砲

Assault Gun Tank III
Sturmgeschütz III


ドイツ陸軍 1940年

StuG III
砲兵学校で訓練に使用されていたIII号突撃砲E型

下記写真はデアゴスティーニ社発行「隔週刊 コンバット・タンク・コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
III号突撃砲
第23号(2013.04.23)
「III号突撃砲G型」1944年


 ドイツ軍の再軍備計画が着々と進んでいた1936年6月、7.5センチ口径以上の砲を搭載する歩兵直協支援用装甲車の開発命令が出された。この装甲車は「車両の全高が人間の平均身長を超えないこと」という条件が付けられていたため、当初から回転式砲塔を搭載することは除外され車体に砲を直接据え付ける方式で開発が行われた。
 実験試作車となる最初のシリーズはIII号戦車B型の車台を流用して1937年に完成、5両の試作車による各種試験の結果が良好だったため1940年初頭から量産が開始された。初期の量産型はIII号戦車F型と共通の車台を持っていたが前面や側面装甲は強化され、鋼板を複雑な形状に溶接した密閉式戦闘室には短砲身7.5センチ砲が搭載された。
 対ソ戦で短砲身砲はソビエト戦車に無力であることが判明し、長砲身砲を搭載したモデルの開発が行われた。1942年3月に短砲身型の生産は終了し、以降は長砲身型の生産に切り替わっている。最終型となるG型では長砲身7.5センチ砲の搭載や戦闘室前面の装甲形状改良、車体後部装甲の強化、エンジンレイアウトの変更など初期の短砲身型とは似ても似つかぬ形状へと進化を遂げており、終戦まで生産が続けられている。

スペックデータ(III号突撃砲E型:短砲身型の最終モデル)
全長 5.40m全高 1.98m
全幅 2.93m重量20.8トン
最高速度40km/h行動距離160km
発動機マイバッハHL120TRM 水冷V型12気筒ガソリンエンジン 300馬力×1基
乗員数4名総生産数827両(O型及びA〜E型の計)
武装StuK37 7.5cm加濃砲×1、MG34 7.92mm機銃×1
最大装甲厚(上面)16mm〜(前面)50mm
スペックデータ(III号突撃砲G型:長砲身7.5cm砲型の最終モデル)
全長 6.77m全高 2.16m
全幅 2.95m重量23.9トン
最高速度40km/h行動距離155km
発動機マイバッハHL120TRM 水冷V型12気筒ガソリンエンジン 300馬力×1基
乗員数4名総生産数9,799両(F〜G型及びStuH42の計)
武装StuK40 7.5cm加濃砲×1、MG34 7.92mm機銃×1
最大装甲厚(上面)16mm〜(前面)80mm
派生改良型 各タイプの【Ausf】はドイツ語「Ausfuhrung」の略で、日本語では「型式・型」と訳します
Ausf O:実験試作型。III号戦車の車台を流用し軟鋼製上部構造を搭載した
Ausf A:先行量産型。24口径7.5cm砲搭載。III号戦車にあった両側面のハッチは廃止
Ausf B:初期の量産型。駆動および走行系統の改良が加えられたモデル
Ausf C:戦闘室形状が改良され、直視照準孔が廃止されたモデル
Ausf D:C型のロット違いモデル。形状に差異は無い
Ausf E:短砲身型最終モデル。側面装甲形状変更、ハッチのヒンジ改良
Ausf F:最初の長砲身型モデル。車台はA〜E型と同じものだった
Ausf F/8:車台をIII号戦車J型またはL型の略同型へと変更したモデル。以降はこの車台を使用
Ausf G:最終モデル。F/8型と同様の車両だが戦闘室前面の装甲形状が変化した
MunPz StuG III:G型の車台を利用した弾薬運搬車。前線部隊で砲を撤去した現地改造型
StuH 42:leFH18 10.5cm榴弾砲を搭載した突撃榴弾砲。F〜G型と共通の車台を利用
StuG(Fl):F/8型の主砲を火炎放射器に変更した火炎放射戦車。ごく少数が改修された
StulG 33B:sIG33 15cm歩兵砲を搭載した突撃歩兵砲。別項参照