号戦車

Light Tank I
Panzerkampfwagen I


ドイツ陸軍 1934年

PzKpfw1
フランス戦線における号戦車B型

下記写真はデアゴスティーニ社発行「隔週刊 コンバット・タンク・コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
1号戦車
第72号(2015.03.17)
号戦車B型」1939年


 第一次大戦の敗戦とそれに伴うベルサイユ条約により戦車の保有を禁じられていたドイツであったが、1933年に条約の制限事項を避けて上部構造の無い無限軌道車両を開発することに成功、この「農業用トラクター」と名付けられた車両に砲塔などの上部構造と兵装を搭載したのが、この号戦車である。
 1932年にアドルフ・ヒトラー率いるナチス党は政権第一党となり、34年ヒンデンブルグ大統領死去とともに権力を握ったヒトラーは全権力を握る『総統』となった。35年にヒトラーはドイツ再軍備宣言を出すが、号戦車の量産はすでに34年から開始されている。
 小型砲塔に機銃2丁を装備した軽戦車である号戦車は建て直しの始まった陸軍の訓練用車両として35年から配備が開始されている。戦車として突出した性能を持っているわけではない車両であったが、第二次大戦勃発時には全ての装甲師団に配備されておりポーランドやフランスでの電撃戦に投入された。
 最初の生産モデルであるA型は57馬力のエンジンを搭載していたが、改良型となるB型では100馬力のエンジンに強化された。そのためB型は車体も若干延長されており、転輪の数が1組増えて5組となっている。そのほかに150馬力のエンジンを搭載した空挺型のC型、同じく150馬力の重装甲型となるF型も少数が製造されているが、これらはA/B型とは設計が異なっている。
 小型で武装の貧弱な当戦車は41年頃には第一線から退き、一部の車両は大隊指揮車などに改造されているが、容量の小さい車体は指揮車としても今ひとつであったようだ。

スペックデータ(号戦車B型)
全長 4.42m全高 1.72m
全幅 2.06m重量 5.8トン
最高速度40km/h行動距離170km
発動機マイバッハNL38TR 水冷直列6気筒ガソリンエンジン 100馬力×1基
乗員数2名総生産数1,926両
武装MG13 7.92mm機銃×2
最大装甲厚(上面)6mm〜(前面)13mm
派生改良型 各タイプの【Ausf】はドイツ語「Ausführung」の略で、日本語では「型式・型」と訳します
LaS:車台のみの「農業用トラクター」。訓練任務に使用された
Ausf A:LaSと同型の車台を持つ最初の量産型戦車(818両)
Ausf B:車体長を延長した出力強化モデル。細かい改良が施されている(675両)
Ausf C:出力と防御力を強化した空挺向けモデル。ごく少数(40両)
Ausf F:可能な限りの重装甲を施した突撃戦車。ごく少数(30両)
BL PzKpfw I:A型の車台を利用した架橋戦車。試作のみ
Flw PzKpfw I:A型の砲塔に火炎放射器を設置した火炎放射戦車
Instandsetzungskraftwagen I:B型の上部構造を撤去した整備作業車
Kleine PzKpfw I:固定式戦闘室を持つ小型指揮戦車。車台はB型と同じ
Landungsleger I:B型の後部に爆薬設置用アームを付けた車両
Mun Schl I:A型の砲塔を撤去した弾薬運搬車
sIG33 PzKpfw I:15cm榴弾砲を搭載した自走砲。別項参照
4.7cmPaK PzKpfw I:4.7cm対戦車砲を搭載した自走砲。別項参照