対戦車自走砲マルダーIII

7.62cm/7.5cm Self-Peopelled Gun "Marten III"
7.62cm Pak36(r)/7.5cm PaK40 auf Panzerjäg 38(t) "Marder III"


ドイツ陸軍 1942年

Marder3
ドイツ製対戦車砲PaK40/3を搭載したマルダーIII M型

下記写真はデアゴスティーニ社発行「隔週刊 コンバット・タンク・コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
マルダーIII
第87号(2015.10.13)
「マルダーIII M型」1944年


 強力な防御力を持つソビエト製戦車に手を焼いたドイツ軍は、これに対抗するための中口径対戦車砲PaK40の開発を進めていた。しかし実用化が遅れていたため急場をしのぐためにソビエトからの鹵獲兵器であるF22野砲を改造したPaK36(r)が1941年末頃は主流であった。41年末に旧式化していたチェコ製戦車38(t)の製造中である車台は全て自走砲の砲架として改造転用すべしとの命令が出されたときPaK36(r)を搭載することに決まったのは当然の結果であろう(この対戦車砲を搭載した自走砲として他にII号D型対戦車自走砲が開発されている)。
 生産中だった38(t)戦車G型の車台を転用した対戦車自走砲試作車は41年末に完成、量産車(非公式にマルダーIIIと呼称されている)は翌年4月から配備が開始されている。夏にはエンジンを強化した後期型(後述のH型と準同型)へ生産は切り替えられ、10月までに363両(戦車からの改造を含む。また418両説もある)が生産された。
 ドイツ中口径対戦車砲の決定版であるPaK40が実用化されると同砲を搭載した自走砲へ生産は切り替わっていった。最初はエンジン出力を強化したH型とよばれる車台を使用したものが製作されマルダーIIIH(G型車台使用モデルとの外見上の違いは車体後部まであった側面増加装甲の有無で見分けられる。装甲が省略されたものがH型である)の非公式名称が付けられた。しかし従前のモデル同様に車体中央に戦闘室があるスタイルをしていたため安定性が良くなかった。
 車体の安定性を高めるためエンジンを車体中央に移し戦闘室を後部に寄せた車台(M型車台)が開発されたのは42年後半で、M型車台を利用した自走砲は43年初頭に完成、ヒトラーはこの新型車台を利用した対戦車自走砲の月産能力を月150両にまで高めよとの命令を出しているが、44年になって駆逐戦車ヘッツアーの生産が開始されると車台は全部そちらに使用されることになり当自走砲の生産は中止となった。
 基本的に戦車駆逐大隊へ配備された各車両であったが、一部は空軍の地上部隊(!)やSSにも配備され北アフリカや東部戦線、大戦末期にはイタリア戦線などでも使用されている。

スペックデータ(マルダーIII M型)
全長 4.95m全高 2.48m
全幅 2.15m重量10.5トン
最高速度42km/h行動距離190km
発動機プラガAC 水冷直列6気筒ガソリンエンジン 150馬力×1基
乗員数4名総生産数下記を参照(諸説有り)
武装PaK40/3 7.5cm対戦車砲×1、MG34 7.92mm機銃×1
最大装甲厚(上面)なし〜(前面)20mm
派生改良型 Marder III:38(t)戦車G型(後期型はH型と準同型)車台を利用、PaK36(r)を装備(363両〜418両)
Marder III H:H型車台(G型のエンジン強化型)を利用したモデル。PaK40を装備(418両〜611両)
Marder III M:再設計されたM型車台を利用、PaK40を装備(941両〜975両)