マーチン P4Mマケーター

P4M Mercator , Martin

P4M-1
米海軍VP−21(第21哨戒飛行隊)所属のP4M−1

 第二次大戦末期、米国でも新開発されたジェットエンジンを搭載する機体の開発計画がいくつも 持ち上がっていたが、初期のジェットエンジンは消費する燃料が大きく、また扱いづらいものであ った。そこで米軍ではレシプロエンジンの長所である燃費の良さとジェットエンジンの高速力を並 立させる複合動力機の開発を行うことにした(複合動力は戦闘機ではXF15CXFR−1XP−81など過渡 的な試作・採用しかなかったが、爆撃機(B−36など)や 輸送機(KC−97Lなど)では 既存機の改良型として幅広く採用されている)。
 1944年にマーチン社は米海軍の複合動力機原型の発注を受注した。この機体は陸上哨戒機 PB4Yの後継開発 でもあり、マーチン社ではモデル219の名称で開発を行った。1946年に完成した原型1号機 は片持ち肩翼単葉機で、双発のレシプロエンジンのナセル後部に各1基ずつターボジェットエンジ ンを搭載する複合動力機であった。
 米海軍は陸上哨戒機として当機ではなくロッキード社のP2Vを 採用したが、当機も高速機雷敷設機として19機の生産を受注した。量産型は1950年から部隊 配備が始まり、モロッコに展開するVP−21(第21哨戒飛行隊)に配備されたが、すぐに電子 偵察用の機体に改修され、51年からはフィリピンや日本、モロッコ、米本土から飛び立って電子機器によ る情報収集任務に従事するようになっている。仮想敵国の国境すれすれを飛行する危険な任務のた め、1950年代に3機の損害を出している(56年に上海沖で中国軍戦闘機により撃墜(乗員1 6名殉職)、59年に北朝鮮軍のミグ17戦闘機に 追撃を受け損傷(尾部銃座の乗員1名が殉職)、同じく59年ウクライナ近郊でソビエト軍戦闘機 の追撃を受け、ジェットエンジンによる加速で逃げ切ったものの燃料切れのため地中海へ墜落(乗 員全員が殉職))。
 その後、より高性能な電子偵察機であるA3D−2Q(後にEA−3Bと改称)が 就役したため、1960年代初頭には全機が退役しスクラップとなった。

機体詳細データ(P4M−1)
寸法(L×W×H/翼面積)25.60×34.75×7.95m / 121.79m2
機体重量(自重/全備)22,016kg / 40,100kg
飛行速度(最大)660km/h(高度6,100m)
上昇率(海面上)不明
上昇限度(実用)10,600m
離着陸距離(離陸/着陸)不明
航続距離4,570km
エンジンプラット&ホイットニー社製R-4360-20Aレシプロエンジン×2基(出力3,250hp×2)及び
アリソン社製 J33-A-10A(またはJ33-A-23)ターボジェット×2基(推力2,090kg×2)
武装20mm機関砲×4(機首、尾部銃座に各2)、12.7mm機銃×4(背面銃座2、胴体両側面に各1)、5,400kgまでの爆弾、航空魚雷、機雷等を搭載可能
乗員数/機体初飛行9名(高速敷設機型)、14〜16名(電子偵察機型) / 1946年9月20日
備考(各タイプ詳細) XP4M-1:原型機。P&W社製R-4360-4エンジン搭載(2機)
P4M-1:量産型。高速機雷敷設機(哨戒機を兼ねる)として採用(19機)
P4M-1Q:電子偵察機(電子情報収集機)に改造された後の呼称
LAST UPDATE 2010,10,10