三菱 零式艦上戦闘機

海軍:昭和14年初飛行、昭和15年制式採用、昭和20年生産終了

零式艦戦一一型
中国戦線における零式艦上戦闘機11型

下記写真はデアゴスティーニ社発行「隔週刊 第二次大戦傑作機コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
零戦
第2号(2016.03.22)
零式艦上戦闘機五二型 1944年
日本海軍第203航空隊所属機
零戦
第11号(2016.07.26)
零式艦上戦闘機二一型 1941年
日本海軍第1航空戦隊「赤城」搭載機


 昭和12年に海軍の十二試艦戦として開発がスタート。三菱重工の堀越技師が設計。昭和14年制式採用。
 当時としては世界最高レベルの戦闘機で、中国戦線での二十七機の敵を相手に十三機で空戦を挑み敵全機を撃墜、味方に損害無しというデビュー戦は零戦の高性能を世に示したものとして現在まで伝えられている(この戦果については中国側の資料も比較した結果、撃墜13機・撃破11機というのが正しいらしい。詳細は「陸奥屋」さんのサイトを参照して欲しい【「陸奥屋」トップ>その他>零式艦上戦闘機初陣記録の真実】)。
 大戦初期には長大な航続力、強力な20ミリ機関砲を持つ当機は熟練操縦士による神業的機動と相まって敵なしの状態であったが、連合軍機が編隊による一撃離脱戦法を採用するようになり、零戦得意の格闘戦に持ち込めなくなると当機の被害も増大していくことになった。
 空戦性能と航続距離に重点を置き、極限までの軽量化をおこなったため戦争中期以降は防弾装備不足・機体の強度不足に悩まされることとなったが、後継機開発の遅れから戦争終結まで第一線で使用され、また戦争末期には特攻にも使用されている。
 大戦全期を通じて生産されたため改良型が多く、初期生産型である一一型、二一型から大戦末期に開発された戦闘爆撃機型である六二型まで通算すると一万機以上の生産数を誇る日本軍最多生産機である(しかし終戦時に残存していた零戦は各モデル合計で1,157機と伝えられている)。

機体詳細データ(零式艦上戦闘機五二型甲[A6M5a])
全長 9.12m全高 3.51m
全幅11.00m翼面積21.30m2
自重1,876kg最大重量2,733kg
最高速度556km/h(高度6,000m)上昇限度11,740m
航続距離約1,900kmプロペラ金属製定速3翅
発動機中島「栄」二一型空冷複列星形14気筒 公称1,100馬力×1基
乗員数 1名総生産機数10,449機
武装7.7ミリ機銃×2、20ミリ機関砲×2、60キロ爆弾×2等
主要タイプ 十二試艦戦(A6M1):試作機名称。「瑞星」一三型(公称875hp)発動機搭載
一一型(A6M2a):「栄」一二型(公称950hp)発動機搭載
二一型(A6M2b):翼端を折り畳めるように改良された機体。艦上戦闘機
二二型(A6M3):「栄」二一型(公称1100hp)発動機搭載。二一型と同等の機体
二二甲型(A6M3a):長銃身の九九式20ミリ二号固定銃三型を搭載した二二型
三二型(A6M3):「栄」二一型発動機搭載。全幅減少。航続距離減少
三二甲型(A6M3a):長銃身の九九式20ミリ二号固定銃三型を搭載した三二型
五二型(A6M5):推進式排気管の採用、全幅減少、フラップ拡大した試作機
五二甲型(A6M5a):20ミリ二号機銃四型を搭載した五二型量産機
五二乙型(A6M5b):右翼内機銃を三式13ミリ機銃に変更した武装強化型
五二丙型(A6M5c):7.7ミリ機銃廃止、13ミリ機銃搭載。防弾タンク装備
五三丙型(A6M6c):五二丙型に「栄」三一型(公称1100hp)発動機を搭載した機体
五四丙型(A6M8c):五二丙型に「金星」六二型(公称1500hp)発動機を搭載した機体
六二型(A6M7):胴体下に爆弾投下装置を設置した戦闘爆撃機型
夜間戦闘機型:胴体後部に20ミリ斜銃1門を装備した機体。特定の形式は無い