中島 一式戦闘機「隼」(キ43)

陸軍:昭和13年初飛行、昭和16年制式採用、昭和20年生産終了

キ43
一式戦闘機「隼」二型

下記写真はデアゴスティーニ社発行「隔週刊 第二次大戦傑作機コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
隼
第4号(2016.04.19)
一式戦闘機「隼」II型乙 1943年
日本陸軍第54戦隊 杉本明准尉機


 昭和12年末に陸軍の試作戦闘機(キ43)として開発がスタート。昭和16年制式採用。当時中国戦線において、長距離爆撃の援護戦闘機として航続距離の長い戦闘機が必要とされたため、開発に着手したものだった。
 昭和13年末から14年にかけて完成した評価用試作機は、航続距離こそ長かったものの旧型の九七式戦闘機との模擬空戦に勝てなかったため(軍部では「次期戦闘機は現行の戦闘機より総てにおいて優れていなくてはならない」という思想があった)、採用が危ぶまれたが結局長距離を飛べる戦闘機の必要性から採用された。なお採用後の改良で蝶型空戦フラップなど新技術を盛り込み、格闘戦性能は向上している。
 だが海軍の零式艦上戦闘機など当時の日本軍機と同様、軽量化を進めたあまりに機体の強度不足、防弾装備の不足に悩まされることとなった。武装も主翼中に余裕が無かったために機関砲が仕込めず、機首に装備するだけ(このため大口径機銃の搭載は不可能)で対大型機の空中戦には不利だったが、改良を続け大戦末期まで生産が行われた。全タイプを通じての生産数は5,700機あまりで、これは零式艦上戦闘機に次いで日本第二位(陸軍では第一位)の生産数であった。
 大戦中は主に東南アジア方面で活躍、有名な「加藤隼戦闘隊(飛行第64戦隊)」もこの「隼」を使用しており、大戦初期は多大な戦果を挙げたが、大戦中盤以降は劣勢となり大戦末期には多数が特攻機としても使用された。また終戦時に日本軍が置き去りにした機体の一部には、中華民国や仏印などの現地軍が接収して中国内戦や仏印独立戦争などに使用されたものもあった。
(注:「加藤隼戦闘隊」は当機を制式採用直後から装備していたが、飛行第64戦隊の愛称は当機の配備以前に名付けられたもので、愛称にある「隼」は戦闘機のことを鳥のハヤブサになぞらえたものであった)

機体詳細データ(一式戦闘機「隼」一型丙[キ43-I丙])
全長 8.83m全高 3.27m
全幅11.43m翼面積22.00m2
自重1,590kg最大重量2,580kg
最高速度492km/h(高度4,000m)上昇限度11,750m
航続距離1,000〜2,200kmプロペラハミルトン可変ピッチ2翅
発動機中島九九式(ハ25)空冷複列星形14気筒 公称970馬力×1基
乗員数 1名総生産機数5,751機
武装12.7ミリ機銃×2(前方固定)、60キロ爆弾×2
機体詳細データ(一式戦闘機「隼」三型甲[キ43-III甲])
全長 8.92m全高 3.27m
全幅10.83m翼面積21.40m2
自重1,729kg最大重量2,925kg
最高速度555km/h(高度6,000m)上昇限度11,400m
航続距離600〜1,360kmプロペラハミルトン定速式3翅
発動機中島二式(ハ115-II)空冷複列星形14気筒 公称1,230馬力×1基
乗員数 1名総生産機数上記参照
武装12.7ミリ機銃×2(前方固定)、30キロ〜250キロ爆弾×2
主要タイプ 一型(キ43-I):九九式(ハ25:公称970hp)発動機搭載。7.7mm機銃×2の原型機
一型甲(キ43-I甲):一型と同様の機体を持つ初期生産型。
一型乙(キ43-I乙):一型甲の機銃1丁を12.7mm機銃に置き換えた機体
一型丙(キ43-I丙):一型甲と同様の機体だが搭載機銃は12.7mm機銃×2
二型(キ43-II):一式(ハ115:公称1020hp)発動機、自動漏り止めタンク、3翅ペラ採用の原型機
二型甲(キ43-II甲):二型生産型。武装は12.7mm機銃×2、250kg爆弾×2。集合排気管採用
二型乙(キ43-II乙):二型甲の装備品に小変更を加えた機体。機体下部に新型冷却器を装備
二型改(キ43-II改):二型甲、乙型両方の改良点を組み合わせた機体。推力式単排気管採用
三型甲(キ43-III甲):一式(ハ115-II:公称1230hp)発動機搭載の改良型
三型乙(キ43-III乙):カウリング上部に膨らみを設け20mm機関砲×2を装備したモデル。試作のみ
四型(キ43-IV):四式(ハ45:公称1650hp)発動機搭載型。計画のみ