川崎 キ91試作遠距離爆撃機

陸軍:計画中止のため完成せず

キ91
キ91の風洞模型

 日華事変における九六式陸上攻撃機の渡洋爆撃 で戦略爆撃に先鞭をつけた日本軍であったが、長距離爆撃機として量産された機体はどれも双発機ばかりで あった。これは多発機開発の難という技術的問題の他に、日本軍の作戦指針が戦略的なものよりも戦術的な ものに重点を置いていたためと思われる。
 陸軍でも九二式重爆撃機を最後に4発爆撃機 の開発は行われていなかったが、対米開戦直前になって川崎に対して4発爆撃機の開発が指示された。この時 の機体は海軍が開発していた陸上攻撃機「深山」を 陸軍向けに改造しようとした計画で、陸軍ではキ85の試作名称を与え、昭和17年末には木型(モック アップ)審査にまで漕ぎ着けていた。
 ところが、この時期になると戦況は悪化の一途をたどっており、各航空機メーカーは現在生産中の機体製造 で手一杯だったのと、海軍機のお下がりを使いたくない陸軍のメンツもあって、昭和18年5月にこの計画は 中止されてしまった。
 その後同年10月になって陸軍は米本土を爆撃できる遠距離爆撃機として新たにキ91の名で川崎に開発指 示を出しなおし、川崎でもこの機体によって戦局挽回を狙うため設計陣を総動員して急ピッチの開発が開始さ れることになった。この機体はキ85とは全く異なる構造をした本格的高々度遠距離爆撃機として設計され、 機体寸法・性能ともB−29を超える 超重爆撃機であった。
 高々度飛行に必要な気密室開発が遅れていたため、川崎では気密室無しの原型1号機を昭和21年6月完成 を目標に試作を進めていた。しかし米軍の爆撃が激しくなったため試作は遅々として進まず、排気タービン装 備エンジン開発の遅れやレーダー装置、遠隔操作銃座など当時の日本の技術力では解決の難しい難問を抱え、 熟練工員の不足や物資不足(当機1機分の資材で単発戦闘機が十数機製造できた)などの要因も重なり当機の 計画も昭和20年2月に中止となってしまった。

機体詳細データ(キ91試作遠距離爆撃機[キ91]:性能は計画値)
全長33.35m全高10.00m
全幅48.00m翼面積224.0m2
自重34,000kg最大重量58,000kg
最高速度580km/h(高度10,000m)上昇限度13,500m
航続距離9,000kmプロペラ定速4翅
発動機三菱「ハ214ル」空冷複列星形18気筒 離昇2,500馬力×4基
乗員数 8名総生産機数実機完成せず
武装20ミリ機関砲×12(連装銃座(機首、前方下部、上部、後方下部、尾部)5、
胴体側面左右各1)、爆弾4,000kg〜8,000kg搭載
主要タイプ キ91:高々度遠距離爆撃機。機体完成に至らず