三菱 九三式双発軽爆撃機(キ2)

陸軍:昭和8年初飛行、同年仮制式採用、昭和14年生産終了

九三双軽
九三式一型双発軽爆撃機(写真は試作機か?制式型の操縦席は複座ではない)

 陸軍が制式採用した九三式重爆撃機は ドイツのユンカース社が開発したK37軽爆撃機を大型化・装甲化したものであった。この九三双軽は九三重爆 とは異なりユンカースK37をそのままベースとして開発された機体である。
 昭和6年(1931年)に三菱が研究用としてスウェーデン(当時ドイツは第1次大戦の敗戦国として航空 機製造が禁止されていたため、ユンカース社はスウェーデンにて機体製造をおこなっていた)から輸入したユン カースK37を1機購入した。この機体は同年9月の日華事変勃発直後に陸軍に買い上げられ(このときの資金 は民間献金でまかなわれており、以降献金購入機に名付けられる『愛国号』の第一号となった)、満州で他の軽 爆撃機を指揮する編隊長機として使用された。この機体の高性能に目を付けた陸軍は昭和7年に当機を元にした 国産軽爆撃機開発を三菱に指示、原型をそのまま生かす方針を取ったため約9ヶ月後の昭和8年5月には試作機 が完成した。
 後方機銃の射界を広げるため後部胴体を削っていた試作機は試験飛行中に失速墜落、後部座席付近から折れて しまい乗員が死亡する事故が起こったため、量産機では完全にユンカースK37と同じ胴体設計に戻されるとい うハプニングもあったが、実戦部隊へ配備された機体は原型のユンカースK37に劣らぬ活躍をした。
 二型のうち1機は昭和11年に改造され、朝日新聞社の鵬型長距離連絡機「南進号」となり、満州訪問飛行 (東京〜新京(満州国首都、現在の中華人民共和国吉林省長春市)間2000キロ)やシャム(現タイ王国) 親善飛行(立川〜バンコク間4930キロ)などを成功させている。

機体詳細データ(九三式一型双発軽爆撃機[キ2-I])
全長12.60m全高 4.63m
全幅19.96m翼面積56.20m2
自重2,800kg最大重量4,550kg
最高速度255km/h上昇限度7,000m
航続距離 900kmプロペラ可変ピッチ2翅
発動機中島「ジュ」式四五〇馬力 空冷星形9気筒 公称500馬力×2基
乗員数 3名総生産機数174機(一型113機+二型61機)
武装7.7ミリ機銃×2(前方・後方旋回各1)、爆弾最大500kg
主要タイプ 一型(キ2-I):固定脚。「ジュピター」発動機搭載。ユンカースK37のコピー
二型(キ2-II):半引込脚。「九四式」(公称600hp)発動機搭載。機首銃座や風防などを改設計