三菱 九三式重爆撃機(キ1)

陸軍:昭和8年初飛行、同年仮制式採用、昭和11年生産終了

九三重爆
九三式重爆撃機一型

 昭和7年(1932年)に陸軍は八七式重爆撃機の 後継機開発試作を三菱に指示した。当時は満州事変の最中であったため、特に試作を急ぐよう指示された三菱で は九二式重爆撃機でユンカース式設計の経験を積んだ 仲田技師を主務者として設計を開始、先に同社が輸入したユンカースK37をベースに改良を加えた試作機を翌 年3月に完成させた。なお搭載を予定していた国産発動機が未完成であったため、試作1号機には輸入したロー ルスロイス社製バザードエンジン(800hp)が搭載された。
 試作機審査の結果、予定していた速度を満たすことができなかったが、旧式化していた八七式重爆撃機の後継 機を少しでも早く欲しかった陸軍は九三式重爆撃機として仮制式採用を行った。
 しかし配備された機体に搭載された国産発動機(三菱九三式七〇〇馬力発動機一型)の故障や油漏れ、ベーパ ーロック(油圧系統配管に気泡が生じ、油圧が利かなくなる現象)などが頻発し実戦配備前の演習飛行でさえ事 故が多発したほか、過剰な装甲化による飛行性能低下のため操縦者の評判はすこぶる悪く、「直線不時着練習機」 と酷評されたほどであった。
 昭和12年の日華事変勃発をうけ天津に進出した当機は、同年7月26日に朗坊(朗坊は北京市(北平) 南側に位置する。現地読みでは「ランファン」)への爆撃を行った(朗坊事件)。これが九三式重爆撃機の初陣 であり、また日華事変における陸軍航空隊の初爆撃でもあった。
 しかし稼働率の悪さや性能不足はいかんともしがたく、陸軍では次世代機 (九七式重爆撃機)の登場までの繋ぎとして イ式重爆撃機を輸入して対応せざるを得な かった。
 ちなみに当機が陸軍機体番号(キ番号)を付与された最初の機体である。

機体詳細データ(九三式二型重爆撃機[キ1-II])
全長24.80m全高 4.92m
全幅26.50m翼面積90.74m2
自重4,880kg最大重量8,100kg
最高速度220km/h上昇限度5,000m
航続距離不明プロペラ固定ピッチ2翅
発動機三菱九三式三型(ハ2II)水冷V型12気筒 公称720馬力×2基
乗員数 4名総生産機数118機
武装7.7ミリ機銃×3(前方・後方・後下方旋回各1)、爆弾最大1,500kg
主要タイプ 一型(キ1-I):初期型。九三式一型発動機搭載。故障が多く不評だった
二型(キ1-II):改良型。九三式三型発動機搭載。ズボン・スパッツ主脚カバーを装備