川崎 八八式偵察機(KDA−2)

陸軍:昭和2年初飛行、昭和3年仮制式採用、昭和9年生産終了

八八式偵
八八式一型偵察機

 大正15年(1926年)に指示が出された偵察機競争試作には三菱・川崎・石川島の3社が試作 機を提出した。競争試作は欧州では一般的になっていたが日本では初の試みであった。そこで審査の 結果、川崎が製作したKDA−2が八八式偵察機として制式採用されたのである。
 各社とも外国から招いた技術者に設計を任せていたが、川崎の主設計者はドイツ人のフォークト技 師であったため、ドルニエ式の全金属骨格を持つ胴体に仕上がっている。発動機は国産化に成功した BMW発動機(「ベ」式発動機)を搭載した。
 当初生産された機体は角張った機首部のため前方視界が悪く空気抵抗も大きかったので、冷却器の 移動や機首部を空力的に洗練した改良型が開発された。これが後に二型として採用され、従前のモデ ルは一型と呼ばれるようになった。その後八七式軽爆撃機の 後継機選定にあたって適当な機が無かったため、当機に爆弾搭載機構を装備し軽爆撃機としても使用 するようになった。この軽爆撃機型は社内呼称KDA−2改、陸軍制式名を八八式軽爆撃機と呼称さ れる。偵察型と軽爆型の相違は小さく、爆弾架や爆撃装置の追加以外の識別点は操縦席前方の上翼支 柱の形状ぐらいしかない(偵察機型は支柱二本のV型だが、軽爆型は支柱四本のW型となっている)。
 当機は昭和初期の済洲事変、満州事変から日華事変初期まで活躍し、昭和初期を代表する陸軍機で あり、生産機数1,117機(軽爆型含む)は当時の国産機としては破格の機数を誇っている。また 川崎も当機の成功により陸軍機メーカーとして以降発展していくことになるのである。

機体詳細データ(八八式二型偵察機[KDA−2])
全長11.47m全高 3.38m
全幅15.20m翼面積48.00m2
自重1,760kg最大重量2,800kg
最高速度220km/h上昇限度6,200m
航続時間5.0hプロペラ固定ピッチ2翅
発動機川崎「ベ」式四五〇馬力(BMW6)水冷V型12気筒 公称450馬力×1基
乗員数 2名総生産機数偵察機710機+軽爆407機
武装7.7ミリ機銃×2(前方固定、後方旋回各1)、(軽爆型は爆弾最大200kg)
主要タイプ 一型(KDA-2):初期生産型。機首前面に角形冷却器を持つ機体
二型(KDA-2):改良型。冷却器を胴体下部に移動し機首形状を改めた機体
八八式軽爆(KDA-2改):爆撃装備を施した機体の呼称。機体形状は二型に準ずる