三菱 八九式艦上攻撃機

海軍:昭和5年初飛行、昭和7年制式採用、昭和11年頃生産終了

八九艦攻
横須賀空所属の八九式一号艦上攻撃機

 昭和3年(1928年)に海軍は一〇式艦上偵察機の後継機開発を考え、この機体に艦攻としても使用できることとした条件を付けたうえで、愛知、川西、中島、三菱の四社に対して設計案作成を指示した。
 そのうち三菱は、これまでにも各種の設計に携わっていた英国人技師スミス(この当時には既に帰国していた)に対して設計を依頼、また英国ブラックバーン社、ハンドレーページ社にも同様に設計を依頼した(それぞれ三菱社内での呼称は3MR3、3MR4、3MR5となった)。
 昭和3年8月にブラックバーン社が設計した3MR4を海軍に提出したところ、他社の機体より優秀であるとして試作機製作の指示を受け、英国で製作した機体が昭和5年に到着、各種審査を受けることになった。審査の結果いくつかの不具合が指摘されたが、改修のうえ昭和7年に八九式艦上攻撃機として制式採用された。
 部隊配備後実際に使用してみると、他にも幾つかの不具合があったため機体設計を改めた二号が生産されている。日華事変では九六式艦上攻撃機の不足を補うため第一線で使用されたが、既に旧式化しており、昭和12年8月空母「加賀」搭載の16機が敵飛行場の攻撃を行った際には、半数の8機が未帰還となるなど被害も甚大であった。

機体詳細データ(八九式一号艦上攻撃機[B2M1])
全長10.27m全高 3.71m
全幅15.22m翼面積55.00m2
自重2,260kg最大重量3,600kg
最高速度213km/h上昇限度不明
航続距離1,778kmプロペラ固定ピッチ2翅
発動機「ヒ式」六百五十馬力発動機水冷V型12気筒 公称650馬力×1基
乗員数 3名総生産機数204機
武装7.7ミリ機銃×2、航空魚雷×1または800キロ爆弾×1
主要タイプ 一号(B2M1):初期生産型。稼働率が低かった
二号(B2M2):細部の再設計を行った機体。全幅減少