三菱 九七式軽爆撃機(キ30)

陸軍:昭和12年初飛行、昭和13年制式採用、昭和15年生産終了

九七軽爆
九七式軽爆撃機(キ30原型機?)

 昭和11年に陸軍は九三式単軽爆撃機の後継機開発を 三菱、川崎、石川島(後の立川飛行機)、中島の4社にに対して指示、各社が提出した基礎設計を審査した結果、 三菱案(キ30)と川崎案(キ32)の2機について試作機が発注された。
 これに応えて三菱が設計したキ30は、昭和12年にキ32との比較審査にて優秀な成績を示し、その後増加試 作機による実用審査を経て翌13年に制式採用となった。なお、このとき川崎が設計したキ32も大戦初期の飛行機 不足から後に制式採用され 九八式軽爆撃機となっている。
 大戦初期の中国大陸や太平洋戦争開戦直後の南方戦線では戦闘機の援護の下で活躍したが、連合軍の攻勢が始ま り掩護が受けられなくなると手痛い攻撃を受け始め、すぐに第二線級機に格下げされ前線では使用されなくなった が、他の日本軍機同様に太平洋戦争末期まで生き残った機体の多くは特攻に用いられ、その生涯を終えている。
 余談ながら昭和15年末に24機がタイ国へ譲渡されており、タイ国軍ではM103の名称で使用されていた。

機体詳細データ(九七式軽爆撃機[キ30])
全長10.35m全高 3.65m
全幅14.55m翼面積30.58m2
自重2,230kg最大重量3,200kg
最高速度425km/h(高度4,000m)上昇限度8,600m
航続距離1,700kmプロペラ可変ピッチ3翅
発動機中島九七式(ハ5)空冷複列星形14気筒 離昇850馬力×1基
乗員数 2名総生産機数 704機
武装7.7ミリ機銃×2、爆弾最大400kg
主要タイプ 九七式軽爆(キ30):派生・改良型は無いが、小改修により初期と最終生産型で若干相違あり
M103:タイへ譲渡された機体のタイ国軍名称